「のん、おはよう!」

 翌朝学校へ行くと、鈴木くんが明るく声をかけてきた。驚くほどにいつも通りで、知らずに構えてしまったわたしはちょっとだけ表し抜けてしてしまう。
 もしかして昨日のことは、わたしの夢だったのかもしれない。
 しかし鈴木くんはまじまじとわたしの姿を見ると、腕を組んで唸った。

「のんは本当に、毎日すげーかわいいよな」
「……へっ?」
「早く、俺の彼女ですーって自慢したいわ」
「……ええっ!」

 顔を真っ赤にしたわたしが大きな声を出すと、鈴木くんは楽しそうに笑うとホッケー部の仲間達の元へと歩いて行く。
 どうやら夢じゃないみたい。
 ──原田くんは、やはり絵を描いていた。

 それからの鈴木くんの行動は、今までとは全く違う色を見せた。以前から優しい人ではあったし、誰に対しても気さくで親切だった。しかしその優しさは、わたしに対して色濃く表れるようになったのだ。
 会う度にちょっとしたことを褒めてくれて、何か困ったことがあるとさりげなく手を貸してくれる。彼の好意が本物であると、わたしは認めざるをえなかった。


「──今日もいない、か」

 昼休み、わたしは毎日のように視聴覚室へと足を運ぶ。
 原田くんはあの日以来、この場所へと姿を現さなくなった。ホイル大佐とのメッセージのやりとりは続いているものの、なんだか少しぎこちない。それは毎回わたしがお昼ご飯をどこで食べているのか尋ねるからで、ホイル大佐は「任務があったでござん」などとはぐらかし、頑として教えてはくれない。
 わたしには原田くんの気持ちが全く分からなかった。だけどもっと分からないのは、自分の気持ちだ。彼に『お似合いだ』と言われたことが、今でも心に重くのしかかっている。
 わたしは小さくため息をつくと、お弁当を持ったまま教室へと戻った。そうすると、わたしの席を用意してくれていた鈴木くんが嬉しそうに手を招くのだ。
 ──これがここ最近の、お昼休みの一連の流れだ。
 
 不思議なことに、鈴木くんとの時間が増えるのと比例するように、わたしの周りはまた賑やかさを取り戻していった。一度離れていった友人たちとも、タイミングを見計らっていたかのようにまた話せるようになった。たくさん話して、たくさん笑って、一日なんてあっという間に終わってしまう。だけど全てが元通りになったかと言えばそういうわけではない。
 わたしは自分の失態を知り、みんながそれで不快な気持ちになったことも知っている。謝れば元通りなんてそうじゃない。だけどここは高校という狭い世界で、卒業の日を迎えるまでわたしたちは毎日顔を合わせなければならない。それならば、穏便に平和に、もう誰かが傷ついたり傷つけたりしなくてもいいようにうまくやっていかなければならないのだ。
 一度割れた瓶は元には戻らない。だけど社会というのはきっと、元に戻ったように繕わなければならないものなのかもしれない。
 こういうことが分かるようになったのだから、わたしも、そして彼女たちも少し大人になったのかもしれない。適度に距離をとって無難な受け答えをして、好きなものを好きだとか嫌なものを嫌だと言わずに穏便に。これを成長と呼ぶのならば、それは寂しいことでもあるけれど。
 大人になりたい。だけどなりたくない。
 いつだって心の中は矛盾だらけだ。