「だからって、彼女は俺とは違うじゃないか……」
ぽつりぽつり。コンクリートのベランダに落ちるシミは次第に大きくなっていく。
俺はアニメとネットの世界で生きていて、彼女は充実した現実を生きている。タイプではないけれど、ドクモなるものをするくらいなのだからきっと美人な方なのだろう。今までは鼻につく高飛車なところもあったけれど、どうやらそれは彼女の本質ではなかったらしい。クラスの人気者というところから今は外れてしまっているが、それも時間の問題だと俺は知っている。意思疎通をしなくてもいいアニメの世界を愛し、嫌だと思えば指一本で排除することのできるSNSの世界で顔と名前を隠して生きている自分とは、彼女は違いすぎるのだ。
今でもアニメが俺にとって一番の愛すべきものであることは変わらない。アニメは俺の家族であり、親友であり、そして世界だ。何も知らないやつがどうこう言ったって、鼻で笑うことが出来る。 別に分かってほしいなんて思わなかった。俺が分かっていればそれでいい。それに、現実世界に同士がいなくたって、ネットの世界に飛び込めば五万と同士はいるのだ。話が合う人とだけ話せばいい。こいつ合わないと思ったらブロック。簡単なことだ。
クラスのやつらが楽しそうに校庭でサッカーをするとか、放課後にカラオケに行くとか、彼女がどうだこうだと幼稚に騒いでいることとかも、気にもならなかった。──とは言い切れないかもしれない。
本当は、眩しく映る。楽しそうに毎日を生きている人たちを見ると、眩しくてめまいがする。見るつもりなんてない。だけどたまたま、まともに目にしてしまうと奥歯にぐっと力が入ってしまうのだ。
現実世界での友達なんていらない。
理解者なんて必要ない。
遊びに行くなんて面倒くさい。
幼稚なやつらと話が合うわけがない。
そうやって言い聞かせていた。自分に。 だってそうだろう? いくら俺が彼らを羨んでも、光の輪の中に飛び込みたいと願っても、彼らは俺を受け入れたりはしないのだから。そんなことくらい、俺だってわかっているんだ。
鈴木が花室さんに気があるのはずいぶん前から気づいていた。というか多分、気づいていないのは花室さんくらいだと思う。
クラスの人気者、成績はよくないけれど明るくスポーツ万能な鈴木。クラスの中には見えないピラミッドがあって、あいつはその三角のトップにいる。俺は言わなくても分かるだろ? 一番下さ。いや、もしかしたらその三角にすら入っていないのかもしれない。そして花室さんも、間違いなく本来はそのトップにいるべき人間だ。
花室さんが前髪を切って、それをかわいいと言う鈴木。俺だって、彼女が教室に入ってきたときに気が付いていたんだ。
花室さんが載った雑誌を立ち読みして、表情が良いと褒める鈴木。俺だって、アニメの雑誌と一緒に勇気を出して買ったんだ。まだ表紙を開くことさえ出来ていないけれど。
花室さんの消しゴムが前の方へ転がれば、自分の消しゴムをすぐに手渡す鈴木。俺はそれを拾おうと前かがみになったら、先生から腹でも痛いのかと言われてすぐに席に戻ったけれど。
そして花室さんが女子たちに謝罪したとき、謝る方は気楽でいいと毒を吐いた俺に、ふざけるなと怒りをあらわにした鈴木。
花室さんと俺じゃ、違いすぎるんだ。鈴木と俺じゃ、違いすぎるんだ。花室さんと鈴木は、お似合いじゃないか。
花室さんは、俺にとって“特別”なんかじゃない。ただちょっと、ほんの少しだけ──他の人たちとは“別”だっただけなんだ。