「空、真っ暗……」

 いつも通りのお昼休み。今日は空がどんよりと曇っている。今にも雨が振り出しそうだ。原田くんは雨が降ったらどうするのだろう。窓の向こうにそっと意識を投げてみる。
 ベランダは外ではあるものの、一応ちゃんと屋根だってある。小雨ならば問題ないかも知れないが、大雨や斜めに打ち付けるような雨が降ったら大惨事だ。そしたら原田くんは、こっち側に入ってきてくれるのかな。別に背中合わせだって構わない。顔が見えなくても声が聞けなくてもそんなのは構わないけれど、彼が雨に濡れてしまうのは困る。なんて言いながらも、一気に大雨が降ってくれないかなと密かに願ってしまうこの気持ちを人々は矛盾と呼ぶのだろうか。
 びゅう、と窓から強い風がカーテンをはためかせる。これから降るのであろう雨の匂いがした。

「のん! ここにいたんだ!」

 ガラッとドアが開く音、それから嬉しそうに響く大きな声。今まさに自分の背中側に声をかけようとしていたわたしはびくっと全身を揺らした。

 ──あ、どうしよう。

 ずんずんと声の主はこちらに歩いてくる。

「どどどうしたの鈴木くん!」

 焦ったわたしが立ち上がると、膝の上に置いていたお弁当がカシャンと床に落ちた。

「あーあ、落ちちゃったじゃん」

 鈴木くんはしゃがみこむと、お箸と最後に残った一切れのオレンジを拾い上げてお弁当に入れる。

「のん、いつもここで食べてたの?」

 窓の向こうに原田くんの姿を見つけられてしまわぬように、わたしは彼の方へと一歩進んだ。

「なんだよ、言ってくれれば俺もここで一緒に食べたのに」

 ちょっとむすっとした顔をする鈴木くんを前に、わたしの意識は申し訳ないことに背中側へと集中している。
 ──わたしはいい。原田くんとお昼を食べていることが誰に知られたって構わない。だけど多分、原田くんは嫌がるような気がした。もしも彼にとって不快なことが起きてしまえば、原田くんはまたわたしのことを拒むかもしれない。そう思うと怖くて、どうか鈴木くんがベランダを見ませんように、必死にわたしは祈ってしまった。
 しかし鈴木くんはベランダのあの人の気配にも、わたしのそんな様子にも気づかずに屈託なく笑う。

「のんに見せたいものがあってさ、探してたんだ。もう食い終わったんなら教室戻ろう」

 そう言って目尻を下げる彼を見ながら、わたしはうんうんと頷いた。うまいこと言葉も出てこない。わたしって、こういうときに機転が全く効かないタイプの人間らしいことに今気が付いた。
 お弁当箱とペットボトルを小さな手提げに入れて、ドアへと向かう鈴木くんの背中を追った。
 ちらりと小さく振り返る。窓の向こう、少しだけ覗いた黒い髪の毛が、風をうけてひらりひらりと揺れていた。