昨夜もホイル大佐と遅くまでやりとりをしていたから、とてつもなく眠たい。あくびをかみ殺しながら教室のドアを開ければ、先に来ていた鈴木くんが大きくわたしに手を振った。

「のーん! おはよう!」

 声もずいぶんと大きい。クラスの数名が振り返ったくらいだ。

「お、おはよう鈴木くん。何かあった?」

 そんなに大声で言わなくたって、ちゃんと聞こえるのに。不思議に思ってそう聞いても、鈴木くんは別にと言いながらなぜだかそわそわとしている。
 変なの。
 カバンの中から筆箱やノートを取り出していれば、逆隣の席に川村くんが座る気配がした。最前列にいた彼も、今ではすっかりこの席に馴染んでいる。

「おはよ、川村く……」

 そちらに顔を向けてやっと気付いた。そこに座っていたのは川村くんではなく、原田くんだったのだ。

「おはよう花室さん」

 原田くんはちらりとこちらを見ると、自分の鞄の中へと視線をうつす。

「……あ、うん。おはよう」

 あれ、たしかわたしの隣には川村くんが座っていたはず。顔を上げて前を見れば、原田くんが昨日まで座っていた遠い席に川村くんの姿を発見した。

「……席、交換したの?」

 正直にそう聞けば、原田くんはわたしの奥──それはつまり鈴木くん──へと目をやると、まあねと素っ気なく答えた。

「本当は元の席に戻ろうと思ったんだけど。誰かさんがその席を譲らないと頑なでね」
「原田! お前ベラベラ言うなよ!」
「別に俺は鈴木のことだなんて一言も言ってないけど」
「はっ……、はらだあああ!!」

 鈴木くんは勢いよく立ち上がるとハッとしたようにわたしをみて、その後頬を赤らめながら大人しく席に着いた。その一方で、しれっとしている原田くん。そんな対照的なふたりの姿がなんだかおかしくて、わたしは思わず笑ってしまう。

「のんまで笑うなって」
「いやなんか、ごめん、あはは」
「ふざけんなよー。原田のせいで俺かっこわりい」
「大丈夫、大丈夫」

 そんなわたしにつられて、鈴木くんも笑い出す。その横で、原田くんは静かに絵を描いていた。

「あ、昨日発売の雑誌見たよ!」

 鈴木くんが鼻の下を擦りながら言う。雑誌、というのはわたしが出ているもののことだろう。

「見てくれたの?」
「おう、コンビニで立ち読みしてきた!」

 あんな、女子力アピール全開キラキラ感満載な表紙の雑誌を男の子が立ち読みするなんて、なかなか勇気のいることだと思う。素直にお礼を伝えれば、彼は嬉しそうに頷いた。

「前からのんが出る雑誌はたまに見たりしてたんだけどさ。なんか最近のんの写真、すごくいいよな! 前も良かったけど、今のがもっと良い」

 うんうんと彼は何度か頷いてから、ちょっと照れくさそうに笑う。その言葉は、素直に嬉しかった。
 鈴木くんはわたしがドクモをしているからチヤホヤしてくれているんだと少し前までは思っていた。だけどどうやらそういうわけでないらしいことは、わたしが孤立した期間でよく分かった。
 きっとこの人は、ドクモとしての花室野々花じゃなくひとりの人としてわたしのことを見てくれている。その上で、仲良くしてくれているのだ。
 前に言った通り、年上の恋人がいる鈴木くんはカモフラージュとしてわたしに好意を寄せているふりをしている。しかしそれだけでなく、多分彼はわたしのことを友達として認めてくれてもいるのだろう。

「ありがとう、鈴木くん」

 素直にお礼を言えば、彼はまた嬉しそうに頷いた。その瞬間、ブブッとスマホが揺れる。画面を見ればホイル大佐からのメッセージが届いていた。

『サリ子おはよう』

 ん? たった一言。なにこれ。
 こっそりと逆隣を見れば、原田くんは唇をまるめながらスマホをいじっていた。挨拶ならついさっきしたはずのに。

「のんさ……、明日の放課後とかって撮影?」

 鈴木くんが落ち着かない様子で聞いてくる。明日はたしか何もなかったはずだ。

「えっとね」

 ブブッとまた震えるわたしのスマホ。

『今日のキャラ弁はサリーだからあとで直接見せてやる』
「ええっ!」

 思わず声が出ると、鈴木くんが不思議そうに首を傾げた。

「あ、あ! なんでもない大丈夫! えっと明日はね」

 またまたブブッと響くスマホ。通知を無視して手帳を開く。ブブッ。再び通知のバイブ。
 原田くんを見れば、彼はちょっと前のめりになって指を動かしていた。どこか余裕のない顔をしている。どうしたんだろう。ちょっと心配になりながらも、わたしは鈴木くんの方を向いた。

「ごめん、明日は撮影だ」

 そっか、と鈴木くんは明るく言ってシャープペンをくるりと回した。
 通知は四つ、溜まっていた。