『今日はありがとう。とっても楽しかった!』

 帰宅すれば、あれほど不調を感じた自分の体はいつもと変わらない状態に戻っている。不思議なものだと俺は首をひねる。しかし花室さんからメッセージが届いた途端、また心臓のあたりが痛くなったからやはり勘違いではなさそうだ。
心臓病……?
先月見たばかりの心臓外科医のアニメのワンシーンが頭の中で再生された。ああ、病に追いも若きも関係はないのだろうか。しかし今はまず、花室さんに返信をしなければ。
 改めて画面を見れば、そのコメントは“ぴかりん”のアカウント宛に届いている。

『こちらこそ。というか、なんでわざわざこっちに?』
『だってもう、ぴかりんには会えないかもしれないのかなって思ったから』
『まあ正体を明かした今、このアカウントの必要性はなくなった』
『やっぱりちょっと寂しいな』
『ずっとぴかりんのままの方がいいならば、それでもいいけど』

 本当はいいわけがない。いつまでも女のフリをしたアカウントで彼女とやりとりするのはどうにもしっくり来ない。しかし、今は花室さんの意志を尊重してやらねばならない時でもある。

『ううん、ホイル大佐も原田くんもいるから大丈夫』

 よかった、と胸を撫で下ろす。ぴかりんを演じるのは決して苦ではなかったが、それでも出来ることならばひとりの男として彼女と向き合っていたい。なぜならば、俺は男だからだ。

『あっ、最後に聞いてもいい? ぴかりんって何かのキャラクターの名前?』

 彼女からの問いに、俺は小さく口角をあげる。語尾にピカをつける金髪ツインテ─ルの女の子。それがぴかりんだ。しかしその正体を知っているのはこの俺だけ──。彼女は俺が頭の中で勝手に作り出したキャラクタ─なのだから。

『まあ美少女であることは間違いないのだが。サリ子は、ホイル大佐の由来を知っているかい?』

 敢えてハンドルネームで彼女を呼ぶ。

『えっと、考えたこともなかった』
『ホイル大佐という名前は、アルミホイルから来ているのさ』

 そう。もとはと言えば、SNSを始めた時に手に持っていたのがアルミホイルに包まれた焼き芋で、そこからアルミ・ホイル大佐が生まれたのだ。昔はフルネームで名乗っていたが、途中からは短くして現在のホイル大佐に落ち着いたというわけだ。

『まさかぴかりんって、アルミホイルがぴかぴか光るから?』
『ご名答ピカ!』

 そう、ぴかりんは最初からホイル大佐だったのだ。あえて連想出来そうな名前を使っていたのは、どこかに彼女に気付いてほしいという望みを託していたからかもしれない。まあ、花室さんは鈍いから全く気付く素振りも見せなかったけどさ。

「まったく。俺も女々しいところがあったもんだ」

 思わぬ自分を見つけて、俺は鼻に皺を寄せて身震いをする。まずい、寒気までしてきたぞ。しかしそんな鼻の皺は、たったひとつのメッセージであっという間に姿を消すのだ。

『最初から、ホイル大佐はずっとそばにいてくれてたんだね』

 自分でも知らなかった自分がいることに驚いて、時にはそれに辟易して。くだらないことで腹をたて、なんてことのないことで思わずくすりと笑ってしまう。
 こんなの、俺らしくないって思ってた。こんなの、本当の俺じゃないと思ってた。
だけどそうとも限らない。俺はこうやって思うんだ。
 ──こんな俺も悪くはないかもしれないな、なんてさ。