「それじゃ……気を付けて」

 花室さんが乗る電車のホームへと降りる階段の前で、俺は片手を挙げる。もう片方は制服のポケットの中。これは庄司九一郎の立ち姿を完璧再現、セリフはヒロインと別れる時の決まり文句だ。この“間”が最も重要だ。

「原田くん、またこうやって話せるかな」

 帰宅ラッシュで俺たちの周りを人々が通り過ぎる。雑多な喧騒の中、花室さんの声はやたらと大きく響いて聞こえる。

「いつだって話せるだろう、あっちで」

 そうさ。俺たちにはインターネットの世界がある。花室さんと俺は、学校という世界においてやはり違う世界の住人だ。俺なんかと話していれば、これから少しずつでも回復していくであろう彼女の地位がまた揺らいでしまう。しかし、彼女は違うのと首を横に振った。

「SNSでも話したいんだけど、そうじゃなくて。学校でも話したいし、たまにこうやってどこかで話したり出来ないかな?」

 どくんと今度は胃のあたりが大きく揺れる。なんだか今日は内臓全般の調子が良くないらしい。動悸がするのは、人が多くて酸素が薄くなっているからだろうか。なんだか顔が熱い、もしかしたら発熱しているのかもしれない。季節外れの風邪だろうか、昨日寝るときに冷えたか? これは早く帰宅して寝た方がいいだろう。深夜アニメは録画に頼ることにする。その前にまず、花室さんに何かを言わなければ。
 何も言わない俺を見て、彼女はまた不安そうに俯いている。

「い、いいいいい生きていればそのうちタイミングがまた訪れるかもしれないピカ!」

 またなピカ! と言うと背筋をシャンッとのばしたままくるりと回れ右をした。なんだ、体がうまく動かない。これはいよいよ病気かもしれない。足はカクカクと変な動きをしている。しかし行かねば。花室さんに心配をかけてしまう。花室さんにくるりと背を向けた俺はギクシャクと体をロボットのように動かしながら、彼女とは反対方面のホームへと続く階段を降りていったのだった。