花室さんがしばらく学校を休んでいる間に、ちょっとした出来事が起きた。そう、本当にちょっとしたことだ。ただ、有名なモデルとかいう肩書をもった生徒が隣のクラスに転校してきただけ。
 花室さんのまわりに群がっていた女子たちはすごい勢いでそちらへと飛んでいった。まるでランプに群がる蛾のように。そこに確固たる理由なんてない。彼女たちは本能に従っただけだ。より眩しいライトを求めて、より興味のあるものに向かって行動しただけ。その結果、クラスの女王の座に君臨していた花室さんはあっという間に透明人間となった。
 別に同情なんてするつもりはない。中庭で弁当をひとり食べているのをベランダから見かけた俺は、高みの見物だ。
 どうだい、花室さん? ひとりで食べるお弁当の味は。俺はずっとひとりだったから、さみしさなんて感じない。キャラ弁とホイル大佐のアカウントさえあれば、話の通じないクラスメイトと顔を突き合わせて食べるよりもずっとおいしく味わうことが出来る。だけどきみは違っただろう? 周りからチヤホヤされることで自分を保ってきたきみは、いまひとり、どんな味の弁当を食べているのだろうか。
 放っておけばいい。
 自業自得だ。
 それなのに──。
 幾度にも重なるやりとりのせいで記憶してしまったサリ子のアカウントを覗いてしまう。見ないようにしていたのに。見たくもないはずなのに。
 そしてそこに俺は、ありのままの──いや、これすら演技なのかもしれないが──彼女の姿を感じてしまったのだ。
 毎日の空の写真。たわいもない独り言。誰かとやりとりをしている形跡もないから、本当にただ感じたことを投稿しているだけなのだろう。いくつもいくつも。お昼休みの時間にそれは集中していた。
 今までは、一緒にいた女子たちと話していた自分の言葉。今は受け止めてくれる相手がいなくなり、彼女はここへ言葉をただただ放り投げているだけなのだろう。
 ──むなしいな。
 そんなことを思った。すべては花室さんが招いた結果だ、俺には関係のないことだ。そんな風に頭の中で何度も自分に言い聞かせていたはずなのに、気づけば俺は、はじめてホイル大佐以外のアカウントを作っていた。
“ぴかりん”だなんて、まるでアニメに登場しそうな名前じゃないか。もっと現実的な名前の方が良いかと思い、今まで同じクラスになった女子の下の名前を参考にしようとした。ところが、生憎俺は誰の名前も憶えてなんかいなかったのだ。──花室さん以外。
 別に彼女に同情したわけじゃない。許したわけでもない。相変わらず花室さんのことは大嫌いだ。だけど、それと同時に言葉をかけたくなる。どんな心の内でいるのか。つらいと感じているのならば、少しだけでもそれを紛らわせることが出来るなら……。そう思った自分の頭を何度引っぱたいてきただろう。いやいや俺は花室さんに騙されたんだ。それならばやり返してやろう。別人になりきって、彼女を信頼させて、裏切ってやろう。
 ぴかりんとして花室さんとやりとりをするようになってから俺は、両極端なふたつの考えの間を何度も何度も行き来していた。まるで二重人格だ。大嫌いなのに気になってしまう。関わりたくないのに手を差し出したくなる。裏切りたいのに悲しませたくはない。傷つけたいのに泣いた顔は見たくない。
 自分でも、よく分からない。花室さんがクラスの女子に謝った時だって、あんなことを言うつもりはなかったのに口が勝手に動いていた。許す方がずっと難しいだなんて、女子たちの立場に立ったような発言をしたけれど、あれは俺自身の言葉だ。
 何度も謝られ、しつこくつきまとわられて、本当にうんざりしたし迷惑だった。かと思えば急に何日も休んでクラスで孤立をするなんて、俺にも全く関わってこないだなんて、そんなのずるいじゃないか。どうしていつも、きみは俺の気持ちをこんなにもかき乱すのか。
 悪いのは花室さんだ。それなのに──こんなふうに今さらになって本当の姿を見せるなんて、ひとりきりでいるなんて、ずるいじゃないか。