『着いたよ。ぴかりん、もういる?』
そのことに気付かせてくれた親友に、わたしは今から直接会う。ドキドキする胸を押さえながらメッセージを送れば、ぴこんとすぐに返事が来た。
『もうすぐ着くから、先に入ってて』
どうやらまだ着いてはいないらしい。自動ドアをくぐると、ひんやりとした空気が湿った首筋をそわりと撫でた。いらっしゃいませーという声に、わたしはいつも頼むチョコレートがコーティングされたドーナツと、それから期間限定のマスカットジュースを注文する。
店内の席は、半分埋まっているくらい。落ち着いて話せる端の席がいいと思い、窓際の奥の席にわたしは腰を下ろした。
鞄からもう一度鏡を取り出して前髪をチェックする。なんだか鼻の頭にニキビが出来そう。今夜薬を塗っておかないと。
どくどくどくどくと心臓は大きく全力疾走中。思考回路を他に持っていこうとしても、体は正直で視線はチラチラと自動ドアの方ばかりに行ってしまう。
ああ、もうすぐぴかりんに会えるんだ。最初になんて言おう? はじめまして? やっと会えたね? はじめましてではないし、やっと会えたねなんて言うのも違う気がするし。待ってどうしよう。なんて言えばいいんだろう。
いらっしゃいませーという声が聞こえて反射的にドアを見た。──瞬間、わたしの頭はフリーズする。姿勢正しく入ってきたその人は、あの原田くんだったのだ。
慌てたわたしは、とっさに鞄からファイルを取り出して顔を隠す。原田くんだって、わたしがいると知ったら嫌がるだろう。自分から声をかけるつもりなんて毛頭ないけれど、存在だけで嫌な顔をされるというのもさすがに堪える。
気づかれないように、見つからないように。
姿勢を低くしてファイルの端からそっと顔を出せば、彼はドーナツのショーケースの前でうーんと唸っているところだった。右手は顎の下、その右ひじをささえるように左手を添えているその姿は、まさに考え中、というお手本のようなポーズだ。少しだけ前髪を切ったみたい。薄茶色の瞳が少しだけ見えた。
原田くんは、どんなものを頼むんだろう。盗み見してしまっている罪悪感よりも好奇心が勝りこっそりと観察していると、彼はわたしと同じドーナツを指差して何か言っている。さらに彼が店員さんから受け取ったトレーの上には、これまたわたしのものと同じ、あざやかな黄緑色のジュースがのせられていた。
その事実は、なぜだか胸の奥をきゅっと苦しく締め付ける。わたしたちが同じものを選んだという喜びと、彼に拒まれているというその事実。なんだか心がふたつに千切れてしまいそうだ。
しかしそんなことを考えている間にも、お会計を終えた彼はこちらに向かって歩いてくるではないか。ショーケースの向こう側にも席はたくさんあるというのに、どうしてよりにもよってこちら側に来てしまうのか。
──だめだ、見つかっちゃいけない!
そう思ったわたしはさらに姿勢を落とし、ハンドタオルを頭の上にかぶせて下を向いた。このタイミングでぴかりんが来ませんように。第一印象がこんなに怪しい恰好だなんて絶対無理だ。それに、彼女が今来たところで顔を上げるわけにもいかない。
どうかはやく原田くんが、わたしのことなんか見えない遠くの席に座ってくれますように。
どうかどうか、わたしに気づかずささっとジュースを飲んで、ドーナツを食べて、帰ってくれますように。
「あのさ──。入ってきた時から、見えてるから」
向かい側の椅子の横に、ぴかぴかと磨かれた黒いロ─ファ─が現れた。
そのことに気付かせてくれた親友に、わたしは今から直接会う。ドキドキする胸を押さえながらメッセージを送れば、ぴこんとすぐに返事が来た。
『もうすぐ着くから、先に入ってて』
どうやらまだ着いてはいないらしい。自動ドアをくぐると、ひんやりとした空気が湿った首筋をそわりと撫でた。いらっしゃいませーという声に、わたしはいつも頼むチョコレートがコーティングされたドーナツと、それから期間限定のマスカットジュースを注文する。
店内の席は、半分埋まっているくらい。落ち着いて話せる端の席がいいと思い、窓際の奥の席にわたしは腰を下ろした。
鞄からもう一度鏡を取り出して前髪をチェックする。なんだか鼻の頭にニキビが出来そう。今夜薬を塗っておかないと。
どくどくどくどくと心臓は大きく全力疾走中。思考回路を他に持っていこうとしても、体は正直で視線はチラチラと自動ドアの方ばかりに行ってしまう。
ああ、もうすぐぴかりんに会えるんだ。最初になんて言おう? はじめまして? やっと会えたね? はじめましてではないし、やっと会えたねなんて言うのも違う気がするし。待ってどうしよう。なんて言えばいいんだろう。
いらっしゃいませーという声が聞こえて反射的にドアを見た。──瞬間、わたしの頭はフリーズする。姿勢正しく入ってきたその人は、あの原田くんだったのだ。
慌てたわたしは、とっさに鞄からファイルを取り出して顔を隠す。原田くんだって、わたしがいると知ったら嫌がるだろう。自分から声をかけるつもりなんて毛頭ないけれど、存在だけで嫌な顔をされるというのもさすがに堪える。
気づかれないように、見つからないように。
姿勢を低くしてファイルの端からそっと顔を出せば、彼はドーナツのショーケースの前でうーんと唸っているところだった。右手は顎の下、その右ひじをささえるように左手を添えているその姿は、まさに考え中、というお手本のようなポーズだ。少しだけ前髪を切ったみたい。薄茶色の瞳が少しだけ見えた。
原田くんは、どんなものを頼むんだろう。盗み見してしまっている罪悪感よりも好奇心が勝りこっそりと観察していると、彼はわたしと同じドーナツを指差して何か言っている。さらに彼が店員さんから受け取ったトレーの上には、これまたわたしのものと同じ、あざやかな黄緑色のジュースがのせられていた。
その事実は、なぜだか胸の奥をきゅっと苦しく締め付ける。わたしたちが同じものを選んだという喜びと、彼に拒まれているというその事実。なんだか心がふたつに千切れてしまいそうだ。
しかしそんなことを考えている間にも、お会計を終えた彼はこちらに向かって歩いてくるではないか。ショーケースの向こう側にも席はたくさんあるというのに、どうしてよりにもよってこちら側に来てしまうのか。
──だめだ、見つかっちゃいけない!
そう思ったわたしはさらに姿勢を落とし、ハンドタオルを頭の上にかぶせて下を向いた。このタイミングでぴかりんが来ませんように。第一印象がこんなに怪しい恰好だなんて絶対無理だ。それに、彼女が今来たところで顔を上げるわけにもいかない。
どうかはやく原田くんが、わたしのことなんか見えない遠くの席に座ってくれますように。
どうかどうか、わたしに気づかずささっとジュースを飲んで、ドーナツを食べて、帰ってくれますように。
「あのさ──。入ってきた時から、見えてるから」
向かい側の椅子の横に、ぴかぴかと磨かれた黒いロ─ファ─が現れた。