そのあとのことは、正直あまり思い出したくもない。みんなの好奇はさらに膨れ上がり、まるで格闘技に熱狂する観客のように前のめりになって二人のやりとりに野次を飛ばした。静寂はあっという間に収拾がつかないほどの喧騒へと変化していったのだ。
 関係のない原田がどうして口出しするんだと言う鈴木くんに対して、そう言うならばきみも関係ないと思うけどなんて、顔も上げずにしれっと返す原田くん。
 クラスの人気者鈴木くんVSアニメオタク原田くん。
 それは多分、当事者でなければこれ以上ない、おもしろいネタだったんだと思う。
 わたしだけが今にも掴みかかりそうになっている鈴木くんをどうにか原田くんから引き離そうと必死になり、謝罪を受けた彼女たちは、原田くんにアニメの世界へ帰れなんてやいのやいのと言っていて。
 先生が来るまでのほんの数分だったその時間は、悪夢以外の何者でもなかった。


『さっきはごめん。火に油を注ぐみたいなことして』

 一限目の歴史の授業中。隣の席の鈴木くんがノートの端にそう書いてわたしに見せた。そしてそのままペンを走らせる。

『頭に血が上ってあんなこと言った』

 ごめん、と彼は小さく頭を下げた。カチカチ、とわたしはシャープペンをノックする。

『鈴木くんは悪くないよ。巻き込んでごめんね』

 それを見ると彼はぶんぶんと首を振った。筆談の意味! と少し笑いそうになる。

『のんと河西たちの間に何があったかは知らないけど、素直に謝ることって簡単なことじゃないと思う。頭を下げる姿、かっこよかった』

 男の子らしい角ばった字で書いた彼は、わたしに親指を立てて見せた。
 謝ったからと言って、その後の日々は何も変わらなかった。今までのようにみんなで楽しく、なんて時間は訪れなかったし、他のクラスメイトたちもこの間はおもしろいものを見たというくらいで、もう記憶の向こうへとやってしまっている。これが現実だ。
 ごめんね、いいよ、なんていうのは小学生低学年までしか通用しない。幼い頃は簡単だった。これだけは許せないとか難しいことは何もなくて、悪いことをしたら謝る。謝られたら許す。そんなシンプルなルールで守られていたのに。だけど歳を重ねる中で、時には謝っても許されないこともあるという現実も受け入れなければならない。大人になっていくというのは、諦めることを覚えるというのと同義なのかもしれない。