「のんのん、最近いい表情するようになったね~」
パシャパシャとストロボのたかれる音が響くスタジオの隅。先にカット撮影を終えたわたしに西山さんが声をかけた。
「そうですか?」
そんな風に言ってもらえるのは嬉しいけれど、なんだか実感もないわたしはテーブルに置かれたマスカットのグミを口にぽいと投げ入れた。おいしい。最近はお菓子も無駄に我慢するのをやめた。
「うん。なんかすごく、力が抜けたって感じかな。前よくやってたの、もうやらないの?」
西山さんはそう言うと大げさに顎をひいて上目使いでパチパチと瞬きをしてみせる。まるでからくり人形のような不自然な瞬きに思わずわたしは声をあげて笑った。
「なんですか、それ」
「なにって、みんながよくやるでしょ? 自撮りする時とかさぁ」
そう言って笑う西山さんが、自身のスマホをインカメラにして横に並んできたので思い切り白目を剥いて笑顔を作った。西山さんはゲラゲラと笑いながらシャッターを切る。
「これ、変顔とかいうレベルじゃないからね? やばいよこれ!」
ひいひい言う西山さんに見せてもらったその写真は、なるほど確かに。めちゃくちゃにブス。だけどそこにはわたしらしさがちゃんと見えて、なんだかほっとしてしまう。
鏡の前でも、自撮りを撮るときも、もちろん誌面で見るわたしも、ずっと自分じゃないみたいだった。自分がどんな顔なのか、わたしはずっと忘れてしまっていたのだ。
だけどこの白目むいてるブサイクな顔は、たしかにわたしの知っているわたしだ。小学生の頃この顔をすると、家族みんながげらげらと笑っていたっけ。
「あのね西山さん」
「んー?」
「わたしって、こんななんですよ本当は。かわいかったり、美人だったり、オシャレだったりするんじゃないんですよ」
食べることが大好きだし、甘いものも大好き。運動なんて大嫌いでダイエットのためのストレッチなんてもってのほか。洋服はファストファッションで十分だしメイクもプチプラでいい。お金は出来る限り節約したいし、家に籠ってアニメも見たい。
きっとわたしは、こんな華やかな世界にいていい人間じゃない。
「──ドクモ、やめようかなって」
西山さんがスマホからゆっくりと顔をあげた。
「思うんです。ここは、わたしがいる世界じゃないのかもしれないって」
ここ最近、ずっと感じていたことだった。きらきら華やかで眩しくて、色々なものが水面下に隠れているこの世界。ここはわたしには眩しすぎて、そして深すぎる。まるで底なし沼みたいだ。
所詮は読者モデル。プロでもなんでもない。代わりなんていくらでもいる。
「のんのんさ」
西山さんが優しく口を開いた。
「自分で自分を表現するって、楽しくはない? 何かに縛られるんじゃなく、型にはまるんじゃなく、自由に自分自身を表現していくことを楽しいって思ったことはない?」
たくさんのストロボの中、様々な表情を見せる美香ちゃんを見つめる。ずっとずっと、美香ちゃんみたいになりたいと思っていた。
自分らしさを表現しながら、誰もが憧れる表情を見せる美香ちゃん。
彼女のカットを見て、自分でも表情の作り方やポーズの練習をしたこともあった。第二の美香ちゃんになれるよう、全てを真似ようと必死になったこともある。だけどそれこそ偽物だ。
ドクモをしている理由は承認欲求を満たされたかっただけかもしれない。ちやほやされて、特別扱いされて、自分でそんな自分に酔いしれて、ただただ気持ち良かった。だけどそこに楽しさがあったかと言えばそれは別だ。
かわいい顔をしなくちゃとか、太って見えない角度はどこかなとか、どうしたら美香ちゃんみたいに見えるかなとか。そんなことばかりを考えて撮った写真が誌面に載っても、わたしはいつも同じ顔の知らない他人を見ている気分だった。
だけど今は──。
「最近、ちょっと楽しいかもしれないって、思います」
型に縛られない。写真写りがどうとかではなく、自分自身を通して何かを表現をする。
たかがドクモのくせに大げさかもしれないけれど、それでも確かに今までと違う感覚が生まれているのも事実だった。
「それぞれでいいんだよ。こうじゃなきゃいけないとか、そういうのはないの。のんのんが思うよりもずっと、ここは自由な世界なんだよ」
西山さんの言葉に、頭の中でホイル大佐の声が重なったような気がした。