彼はつい二分前に、朝のポエムのようなものを投稿している。このポエムがこんなにすぐ隣で生まれていたなんて、と小さな感動のようなものまで感じてしまうのだからわたしはすっかりホイル大佐の魅力にやられてしまっているらしい。
 ところで彼は、わたしがフォローをしたことに気付いているのだろうか? 今もホイル大佐の投稿が見れているから、ブロックなどはされていないということだ。そもそもわたしがホイル大佐の正体を知っているという事実自体、原田くん含め誰も知らないことなのだから気にすることはないのかもしれない。
 ただの読者モデルが、偶然見かけたカリスマアニメオタクをフォローした。
 そう、それだけのことだ。

「ジーザス……」

 小さな呟きが右側から聞こえて顔をあげる。ホイル大佐……いや、原田くんはスマホを机に置いたまま大げさに頭を抱えているではないか。人が頭を抱えるシーンを実際に見たのは初めてのことで、やはり彼の一挙一動はアニメに影響されているのだなと納得してしまう。

「あの、原田くん……どうかしたの?」

 昨日までならば彼の不自然な言動にいちいち反応することはなかった。だけど今日は聞かずにはいられない。なんだかよく分からないけれど、彼の見ている世界を見てみたいと思ってしまったのだ。

「こんな画像が公式アカウントからあがったんだが尊くて直視できないのさ!」

 ずい、とこちらに向けた画面には可愛い女の子とイケメンヒーローが寄り添うイラスト。大変申し訳ないことに、わたしの記憶の中には存在しないキャラクターだ。しかし、彼にとってそんなことはどうでもいいらしい。

「今この気持ちをどう表現すべきなんだ俺は! だがしかし! ただ自分の中で消化するなんて無理だ! ジーザス!」

 彼はそう言って天を仰ぐと、わたしの存在なんて初めからなかったかのようにまた画面の中の世界へと舞い戻っていく。まるで嵐のような人だ。今この瞬間を生きているホイル大佐に追いつくためには、わたしもこの一瞬を見逃してはならない。
 わたしは隣の彼と同じようにスマホを操りSNSのページへ戻ると、急いで画面をフリックした。
 ピュンピュン。フリックするたびに、ホイル大佐の言葉が矢継ぎ早に現れる。それはすごく不思議だった。ただの文字なのに、声なんて発されていないのに。それでもたしかにその言葉たちは、右隣にいる原田くんから発されているのだ。
 原田くんは黙ってスマホを操り、わたしも黙ってスマホを操り、そこに会話はひとつもない。それなのに確かに今、わたしたちは同じ時間を、同じ空間を、同じ世界を共有している。一方的に──ではあるのだが。

 風がふわりとカーテンを揺らして、わたしは目を細めてそちらを見る。原田くんの前髪が一瞬だけ気持ち良さそうに風になびき、メガネの奥、薄茶色の瞳がちらりと見えた。

 ──綺麗。

 こんなことを男の子相手に思うなんて初めてのことだし、ちょっと変かもしれない。相手はあの原田くんだし。

 だけど本当にそう思ったんだ──。

 ガヤガヤと賑やかな朝の教室の片隅でわたしたちは言葉を発さぬまま、小さな箱の世界で自由に泳いで過ごしていた。