『今日はアイザック伯爵の弁当だ。オージーザス!』

 ある夜、ベッドの上でごろごろと寝ころびながらSNSを眺めていると気になる投稿を見つけた。

「いやいやわたしが検索をかけたアイザックは、コスメブランドなんですけど……。なんなのアイザック伯爵って……」

 謎の伯爵の名前が気になり、投稿されていた写真をタップする。──とそこに現れたのはまさに今日のお昼休み、視界の端で捉えた原田くんのお弁当そのものだったのだ。さらに驚くべきことに、その投稿への共感を示す“いいね”の数は千件を超え、コメントだって百件近くもついているではないか。わたしの自撮り写真に来る“いいね”は、調子が良くて三十そこそこ。コメントなんて滅多に来ない。
 信じられない思いで、わたしは投稿者のプロフィールページをタップした。

【ホイル大佐】
 アニメは世界! アニメは平和! ラブアンドピ─ス! 雑食です。フォローリムブロご自由に。

 これが自己紹介文で、アイコンは下手くそな猫の顔。多分、有名な猫アニメのキャラクターを誰かが模写したものだろう。特徴的な耳の形がなければ、そのキャラクターだとは分からないくらいには本物とはかけ離れている。しかし、その横のフォロワー数は、わたしの目を大きく見開かせるのには十分だった。

「嘘でしょ……」

 ホイル大佐のフォロワー数は、一万人を超えていたのだ。
 隣の席の原田くん。アニメオタクでマザコンの原田くん。クラスで浮いている原田くん。そんな彼の真の姿は、超カリスマSNS発信者だった。──アニメオタクの、だけど。



「おはよう原田くん」

 朝の八時五分。教室にはまだクラスメイトの半分も登校していないし、普段ならばわたしもまだ到着していない時間だ。早起きをしていつもより早く学校へやって来た理由は、原田くんがホイル大佐であるという確固たる証拠を掴みたかったからだ。
 原田くんはクラスの誰よりも早く登校している、というのは有名な話だ。いつ見てもまるで昨日からそこにいるかのように席でスマホをいじっている原田くんの登校時間は、美少年説と並び、七不思議のひとつのようにさえなっていた。
 原田くんはわたしの言葉に顔をあげず「うむ」とだけ短く返事をする。その視線の先にあるのは彼のスマホ画面で、そこにはまさに昨日わたしが見ていた“ホイル大佐”の投稿一覧が映し出されていた。ごくり、と喉の奥が鳴る。

──やっぱり原田くんが、ホイル大佐だったんだ。

 今朝方わたしは思考の末、震える指先でホイル大佐のフォローボタンをタップした。わたしのアカウント名はのんのんで、本名の一部が入っている。アイコンは最近で一番いい写りだった自分の写真だし、プロフィール欄にはフルネームと自己紹介も載せている。いくら周りに興味のない原田くんとはいえ、プロフィールページに飛べばフォローしたのが隣の席の花室野乃花であるということには気が付くだろう。
 それでもフォローすることを決断したのは、純粋に彼の投稿が実に興味深くておもしろかったからだ。大半はアニメに関することだったけれど、日常的な投稿も多い。短い言葉の中にもどこか哲学じみた色があり、わたしとは物事の捉え方の角度が大きく異なっていた。アニメへの考察、愛情、そしてリスペクトも人一倍深く、五千字を超える論文のようなものも投稿されており、昨夜はそのまま取り上げられていたアニメを動画サイトで探してしまったほどだ。
 ホイル大佐という人は、投稿によっては女の子が思わずときめいてしまうような言葉や考えを持つ人で、そして投稿によっては重度のアニメオタクに違いなくて、それがとても魅力的に映った。
 夜更かしは美容の敵。そんな当たり前のことを忘れてしまうほどに、わたしはホイル大佐の世界観にどっぷりと引き込まれてしまったのだ。
 落ち着かない気持ちを隠しながら、彼と同じように自分のスマホに目を落とす。開くのはもちろんSNSのページだ。ホイル大佐は、この界隈ではちょっとした有名人らしい。実際に彼のことを崇拝しているファンらしき人たち──彼らは自らをホイル部隊と呼んでいる──がいるということも特定済みだ。