こんな風に、衝動的に行動したのなんて初めてのことだ。
 ひとしきり泣いて冷静さを取り戻したわたしは、とにかく謝らなければと彼にメッセージを送ろうとした。しかし、案の定とも言うべきかサリ子は──そしてのんのんまでもが彼にブロックされていたのである。それならばと新しいアカウントを作ってメッセージを送る。するとそれはあっという間にブロックされた。わたしはまた、新たなアカウントから彼にメッセージを送りブロックされる。そんな一連の流れを何度か繰り返し、結局そこで根負けしたのはわたしの方。だけどわたしには、自分でも思ってもいないほどの度胸……いや、原田くんへの執着心があったのだ。

「原田くんっ!」

 オレンジ色の夕陽が改札から吐き出される人々の影を伸ばす。暗くなってしまって顔なんてよく見えないのに、シルエットだけで彼だとわかったのはなぜなのだろう。

「こんな所にまで……」

 原田くんの家の最寄駅。クラスに彼と同じ中学出身の子がいたからその子にこの場所を教えてもらった。住所までは分からなかったし会える確証なんかはなかったけれど、わたしはここでじっと、彼が来るのを待っていたのだ。
 原田くんはあからさまに嫌そうな顔を見せる。当たり前だ、こんなふうに待ち伏せされていたわけだから。だけど原田くんにも少しは非もあると思う。謝ろうとしているのに、全てをシャットアウトしたのだから。
 立ち止まるわたしたちの脇を、たくさんの人々が通り過ぎていく。スマホで何か必死に話しながら足早に人混みをすり抜けるスーツ姿のサラリーマン。柔らかな表情で赤ちゃんに声をかけるベビーカーの女性。手を繋ぎ幸せそうな恋人たち。杖をつきながら改札に向かうおばあちゃん。みんなそれぞれに生活があって、それぞれの人生を生きている。
 わたしなんか、ちっぽけな存在で。わたしの悩みなんか、多分きっと大したことなくて。いつか大人になったときに、こんなこともあったなあなんてこの駅を通過するときに思い出したりするのだろうか。この瞬間も、遠い日の思い出となるのだろうか。

「あのね、原田くん」
「話すことは何もないけど」
「わたしはあるの」
「俺はない」

 ふいと逸らされる視線。わたしからの矢印は彼に向かっているのに、彼はその矛先を綺麗にかわすように、わたしの前を通り過ぎた。柔軟剤の香りが舞う。
 くじけるなわたし。ちゃんと謝るんだ。ここまで来た。負けちゃいけない。

「ごめんなさい!」

 彼の背中に向かって精一杯の謝罪の気持ちを込め頭を下げる。ざわざわと周りの喧騒がひとつ遠くに聞こえたけれど、そんなのはもうどうでもよかった。気持ちをちゃんと伝えなきゃいけない。きちんと謝らなきゃいけない。それでも彼の歩みは止まることを知らない。

「ごめんなさい!」

 もう一度。それはもう、半分悲鳴に近かったかもしれない。
 お願い原田くん、行かないで。
 それでも背中は遠ざかり、わたしは走って追いかける。自分でも不思議だった。なんでこんなに必死になっているのだろう。こんな人、放っておけばいいのに。謝罪すら受け入れてくれない人なのに。それなのに、どうしてわたしは傷つくのを覚悟してまで追いかけるのだろう。
 上がった息が「はぁっ」と揺れたとき、指先がやっと彼のリュックについたキーホルダーに届いた。わたしはリュックごと思い切り掴むと、それをぐいっと手前に引っ張る。うわっと言いながら仰け反った原田くんは、そこでやっと足を止めた。それから心底嫌そうな顔をしてわたしを振り返る。

「花室さん、しつこいよ」
「原田くん、本当にごめんなさい。ずっと黙っていて本当にごめんなさい」
「金輪際、俺に関わらないでくれ」

 かけられたことのない言葉たちにひるみそうになる。だけどわたしの震える手は、それでもリュックを離さなかった。

「ずいぶんと楽しめたんじゃないかい。インセンティブをもらいたいところだけど、それは勘弁してあげるさ」

 原田くんは前を向いてそんなことを言うと、ぶんと体ごと大きく揺らしてわたしの手を振り落し前へ進んだ。その瞬間、カッと頭に血がのぼるのが分かった。

「逃げるな! 原田洋平!」

 気づけばわたしは大声で怒鳴っていた。大きな道の、真ん中で。人目も気にせず、わたしは大声で叫んでいたのだ。