さて、こんな時間に帰宅をすれば母親に心配をかけるだろう。そう思った俺は、学校から少し歩いた距離にある人気の少ない図書館に逃げ込んだ。クーラーのひんやりとした空気が、ほてった耳をひやりと冷やす。今日はここで時間をつぶそう。ひとりでやれることなんて、山ほどあるんだ。
 ポケットからスマホを取り出せば見知らぬアカウントからのダイレクトメッセージが届いている。

『花室です。本当にごめんなさい。ちゃんと説明させてほしい』

 学校から駅へと向かう道すがらサリ子のアカウント、それから本人が読者モデルとして登録しているアカウントのふたつをブロックした。普段自分のことをフォローしている相手のチェックなんてしていないから、彼女の名前が入ったアカウントが自分のフォロワー欄にいるなんて調べるまで気付かなかったのだ。俺としたことが、管理が甘かった。
 メッセージが送られてきたアカウントは、新しく作られたもののようだ。俺にメッセージを送る為に作ったのだろうか。

「馬鹿馬鹿しい」

 まだ続く文面には目を通さず、ブロックのボタンをタップする。一体どのツラを下げてメッセージを送ってきているんだろう。まさかまだ俺が騙されるとでも? もしもそうなら、随分と馬鹿にされたものだ。
 鞄の中からノートとペンケースを取り出す。こういう時は絵を描くに限る。しかしながらページを開けばそこには以前彼女のためにペンを走らせたあの証拠が現れて、俺はそれをぐちゃぐちゃに黒いペンで塗り潰した。
 バーチャルフレンズに肩入れは不要。そう思っていたはずなのに。それでも同時に、ネットだから、ここの世界だけだからいいだろう? そうやって自分に言い訳を作って彼女の話を聞いたり、他のバーチャルフレンズとは違う想いを抱いていたのも事実だ。
 よりにもよって、その相手が花室さんが化けたサリ子だったとは。一生の汚点だ。
 花室さんはきっと笑っていたんだろう。原田ごときが心配なんかしてる、とかさ。
 ショックなどではなくひたすらな怒りだった。ただただ赤く熱い怒りが心の中で膨れ上がって、ぶわりと弾けてマグマが溢れる。そしてそれらは瞬時に外気に触れて、硬く、冷たくなっていくんだ。

「この世にブロック機能があってよかったな」

 ぼそりと俺は独りごちる。
 全く便利な世の中だ。嫌いならば排除すればいい。それまでのやりとりがあったって、それは所詮バーチャルな世界でのことだ。花室さんには何の思い入れもない。むしろ嫌いだ。サリ子のことも大嫌いになった。