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「のん、これ。一位おめでとう」
教室へ行くと、いつもならば遅刻ギリギリに登校してくる鈴木くんが爽やかな笑顔で何かをこちらに差し出した。
「えっ、なに?」
「一位のお祝い。欲しいもんないって言われたから俺が選んじゃった」
確かに鈴木くんにそのようなことを言われた記憶はある。だけどただの社交辞令だと思っていた。
本当に受け取ってもいいのだろうかと戸惑っていると、鈴木くんはわたしの手を取り、そこに小さな包みをポンと載せた。
「受け取らないはナシな。色々言う奴らがいても俺はいつものんの味方だから」
優しく笑った鈴木くんはそう言って、じゃあ、と仲間たちのいる方へと行ってしまった。びっくりしてお礼を言いそびれてしまった。後で先に戻ってきたらちゃんと言おう。
袋から出てきたのは、今人気のコスメブランドのハンドクリームとリップクリーム。香りが良いと評判で、わたしもひとつ欲しいと思っていたものだ。さすがは鈴木くん。女子が喜ぶものをきちんと分かっている。
彼は何かとわたしに気があるような発言をする。だけどわたしは知っている。鈴木くんには美人な年上の彼女がいて、なにかしらの理由によりそのことを隠しておりそのカモフラージュとしてわたしと接している。──と本人から聞いたわけではないけれど、デ─トしているのを目撃したことがあるから間違いない。
「鈴木は花室さんに惚れているんだな」
ぼそっとそんな声が聞こえ、わたしは慌てて右隣を見る。そこにいたのはもちろん原田くんで、彼の視線はいつもの通りスマホへと向けられている。しかし彼の言葉が独り言ではないことは、その声色から伝わった。
「そんなんじゃないよ」
やりとりの一部始終を原田くんは見ていたのだろう。なぜだかその事実に胸の奥がツキンと痛んだ。原田くんのことが好きなわけではない。そんなまさか、彼と付き合いたいだとかそんなこと想像も出来ない。それでもなぜだか心苦しい。
「花室さんってさ」
彼はそこでやっと視線を上げた。射抜くようなその眼差しは決して好意的なものではない。
「そうやって謙遜する割には、いつも自分のこと特別な存在だとか思ってるでしょ」
くしゃりと彼は歪めた笑顔を見せる。
「偽善者って感じがするよ」
尖ったナイフが心を突き刺した瞬間、わたしの瞳からは涙が溢れた。
偽善者──それはSNSのアンチコメントで何度も投げられて来た言葉だ。姿の見えない彼らの言葉には確かに傷つけられてきた。だけどわたしは一度もその言葉自体に泣いたことはなかった。泣いたら負けだと思ったし、もしも泣いたら自分でそれを認めてしまうような気がしたから。
だけど原田くんから発されたその言葉は、わたしの全てを壊していく。
彼の言う通りだ。
わたしはホイル大佐が原田くんだということを知っているのに、なにも知らないふりをしている。
サリ子という人物がわたしであるということを隠して、彼とやりとりをしている。
原田くんには、その言葉を放つ権利がある。
──カシャン。
机に置いてあったスマホが床へと落ちる。その反動で画面はパッと光を放った。
「……どうして花室さんがこれを──」
彼の瞳には、光を放ったわたしのスマホのロック画面が映り込む。それは、ホイル大佐がサリ子のために描いたサリーのイラスト。わたしが一番大事にしている宝物。
「はらだ、くん……」
震える声で、わたしは彼の名前を呼ぶ。原田くんは一瞬顔を苦しげに歪めた後、ハッと鼻で笑った。
「わざわざアカウントを作ってまで接触してネタ探し? 本当、花室さんって悪趣味で最低だ」
そう吐き捨てた彼は鞄を掴むと勢いよく立ち上がり、教室から出て行った。
「ちょっと! のん大丈夫? あいつに酷いこと言われた?」
「原田ってば、ただのオタクのくせに最低」
「のん泣かないで〜わたしたちがいるよ」
ただ事ではない様子を察した友人たちがわたしのまわりをざっと囲む。
そうじゃない。そうじゃないの。悪いのはわたしなの。
そう言っても、涙で言葉はうまく繋げない。原田くんだけがいなくなった教室で、わたしはただただ泣きじゃくることしか出来なかったのだ。
結局、その後原田くんが学校へ戻ってくることはなかった。