ぺら、と手元のノ─トを捲れば、今までに描いてきたキャラクタ─たちがそこにはいた。絵心がある方ではないのは自分でも分かっている。だけどさ描きたいものを描くことが楽しいのであって、そこに上手い下手は関係ないと俺は思う。人の心を動かすのはいつだって、上手いものだけとは限らないだろ?

「サリ子……か」

 いつだったか、ただのバ─チャルフレンズのひとりに過ぎなかったはずの彼女のために描いたサリ─を指でなぞる。
 他人になんて興味のなかった俺が、彼女のこぼした小さな悲しみに寄り添いたいと思って描いたもの。
 あの夜俺は、会ったこともなければ名前も顔も知らない彼女のことを思って描いた。イラストとして描いたのは、彼女の好きなキャラクタ─。だけど俺の中では、知らないけれど知っている、いつもやりとりをしている優しい女の子を描いていた。夜はきちんと睡眠をとらずにはいられないはずの俺が、生まれて初めて明け方まで起きていた。彼女がすこしでも微笑んでくれるなら。そう思ってペンを動かした。
 微笑んだとしても、俺が見ることなんて出来ないのに。
 ネットの世界と現実の世界が交わることは、決してない。少なくとも、俺のル─ルでは絶対にありえない。ホイル大佐が原田洋平であると知ってほしいと思ったことなんてこの五年の中で一度もないし、逆も然り。バ─チャルフレンズの実態を知りたいと思ったことなんて一度もない。いや、正確には、”なかった”が正しい。

『あのね、わたし、ホイル大佐に話したいことがあるの』
『何さ。藪から棒に』
『わたしのことを、ちゃんと話したいなって思って』

 ツ─と嫌な汗が背筋を流れ落ちた。サリ子が、この境界線を越えようとしているのかもしれない。

『別に、今俺が知っているきみでいいじゃないか』

 今の俺たちの関係は、とてもいいものだと思うんだ。きみはきっと眩しくて、かわいらしくて、素敵な女の子なのだろう。

『本当のわたしのことを知ってもらいたいって思ったの』

 だけどその一方で、俺はどうだ? 自分のことは嫌いなわけじゃない。むしろ、一番すきなものを大切にしている自分のことは胸を張れるくらいだ。今までで一度だって、そんな自分を恥じてきたことなんかない。けれど──。

『いま俺が知っているサリ子だけが、俺にとっては本物だから』

 俺は、逃げたのだ。サリ子の現実を知ることから。自分の本当の姿を彼女に知られることから。
 バレンタインに母親以外からチョコレートをもらったことなんて一度もない。ラブレターはクラスの女子の罰ゲームでもらったことがあるくらい。アニメのキャラクターを馬鹿にされてクラスメイトを殴った黒歴史もある。
 ホイル大佐である俺にはバーチャルフレンズがたくさんいて、俺の発言に興味をもってくれるひともたくさんいる。原田洋平には友達はひとりもいなくて、発言したって誰も耳を傾けない。
 知りたくないんだ。知られたくないんだ。きみと俺が違う世界に住んでいるんだということを。ここの世界にだけいれば、俺たちは同じ世界にいるんだとそう思える。
 俺たちは、同じ世界を生きているはず。

 ──なあサリ子、そうだろう?