「のん大丈夫? 原田と隣なんて、お祓いでもしてもらった方がいいんじゃない?」

 休み時間になり声をかけてきたのは、いつも一緒にいる親友たちだ。わたしが属するグループはいわゆるスクールカースト上位層と呼ばれるところに位置している。とは言え、わたし自身はそんなことには興味はない。
 楽しく賑やかに毎日を過ごせることが何よりも大切なわけで、それぞれの生活スタイルに上位も下位もないでしょう?

「のん、今日も撮影?」
「うん、放課後すぐに行かなきゃ」
「すごーい! 来月号も絶対買うからね!」
「ありがとう」

 人気ファッション雑誌、TEENROSEは総勢二十名ほどの読者モデルを抱えている。ごく普通の女子高生として生活する一方で、放課後には撮影や座談会に参加して誌面作りに協力するというのが読者モデル。わたしもそのうちの一人だ。
 スマホを開けば、編集の西山さんから今日の撮影についてのメッセージが入っていた。こういった連絡は、全て西山さんから来るようになっている。今日は十七時に青山にあるスタジオに集合とのこと。授業が終わってすぐに向かえば、余裕で間に合うだろう。
 ぱかっと開いたお弁当には生野菜がぎっしりと詰まっている。ひと手間かけた茹ささみが入っているのは、お母さんが毎朝作ってくれるものだからだ。レタスやきゅうりだけでなくコーンにトマトそしてかぼちゃと、栄養面、彩り共に完璧だ。特製サラダ弁当。スマホを取り出すと、いつものようにそれをカシャリと写真に収める。

『今日のお弁当は、ささみサラダ。トマトが甘くておいしい~!』

 コメントをつけてSNSに投稿したわたしは、いただきますと手を合わせた。

 読者モデルと一言で言っても、その実態は媒体により実に様々だ。登録制でランダムに声をかける雑誌もあれば、特に人気の高い特定の読者モデルばかりを取り上げる雑誌もある。公式ブログサービスでひとりひとりに情報発信を求める雑誌もあれば、そのあたりは個人に任せているところもある。
 わたしの出ているTEENROSEはブログなどの活動は特に制限・強要はされていないが、わたしを含む全員が“ドクモ”としてのSNSアカウントを開設していた。今はセルフプロデュース力が求められているらしい。メイクが得意な子は動画サイトでメイク動画をあげていたし、料理上手な子はレシピを紹介するブログを更新している。そんな中、大した取り柄もないわたしはごくごく普通の、無難な“映え写真”を投稿しているだけだ。
 元々自分を売り込んでいくのはあまり得意ではない。SNSも苦手で敬遠していたのだが、周りからのすすめもありやっと最近始めたところなのである。アカウント名は“のんのん”。ドクモを始める時に西山さんがつけてくれたニックネームだ。

 わたしが通うこの高校には学食や購買があり、お弁当を持ってきている生徒はあまり多くない。そんな中、原田くんもお弁当組だということは隣の席になってから知ったことだ。しかも、かなりハイクオリティなキャラ弁である。彼自身が作っているとは思えないから、きっとお母さんが作ってくれているのだろう。毎日食べる前に写真を撮っている様子を見ると、彼はマザコンでもあるのかもしれない。マザコンなアニメオタク……やっぱりあまり関わりたくないものだ。
 それにしても、本当に原田くんはいつもひとりだ。お昼ご飯を食べる時ももちろんひとり。それでも彼に寂しそうな様子や気まずそうな様子は一切見られない。むしろいつだって堂々としていることが、とても不思議だった。どうして彼は、何事にも動じずにいられるのだろう。原田くんのことを意識しているのは周りにいるわたしたちであって、彼自身は周りの存在なんて全く意識していないのかもしれない。
 不思議だ。原田くんは、本当に不思議なアニメオタクだ。