『なんで何かあったって分かったの?』

 詳しいことは話せない、話しちゃいけない。だけどわたしは素直に、彼が気にかけてくれた優しさが嬉しかった。

『なんとなく。言葉とかタイミングとかがいつもと違うと感じた』

 顔を合わせているわけじゃない。声を聞いているわけでもない。それなのに、些細な変化を彼は感じ取ってくれたというのだろうか。

『ブロックしろ。それで全部解決する』
「本当に?」
『俺を信じろ』

 思わず声に出してしまえば、まるでそれを聞いていたかのような言葉がそこへ続く。ああ、これもどこかで聞いたセリフだ。ほら、やっぱり彼はきっと、アニメの中で使われるようなドラマチックな台詞を使う運命なんだ。

『ここにいるのはどうせ、みんな架空の人物だ。仮想現実でしかないということを忘れちゃいけない』

 仮想現実。ホイル大佐から送られてきたその言葉にハッとした。たしかに画面の向こうにいる相手は原田くんだけど、ホイル大佐は現実世界には存在しない。わたしだってそうだ。ここにいるサリ子なんて人間は、実際には存在しない。わたしはサリ子なんかではなく、花室野乃花なのだから。
 わたしなんかよりずっと長く、深く、このSNSの世界で生きてきたホイル大佐。きっと彼の言う通り、ブロックというのは見たくないものを排除するという意味では正解なのだろう。
 しかし、困ったことにわたしが心無い言葉を受けているのは“のんのん”のアカウントであるということだ。あそこでわたしが発言すればそれはわたし自身の言葉として世の中に発信され、あそこでわたしが誰かをブロックすれば“ブロッカ─のんのん”というワ─ドがインタ─ネット上で飛び交うことは予想がついた。
 何も万人から好かれようとは思わない。そりゃあもちろん、嫌われるか好かれるかどっちがいいかと聞かれれば好かれる方がいいに決まっている。特にわたしのようにドクモをしていれば、イメ─ジというのはとても大切だ。それでも現実は理想のように甘くはない。頭でも分かっていても、心がついていかないのだ。