『サリ子は雑誌って読んだりする?』

 その日の夜、ホイル大佐からコメントが届いた。最近では毎晩やりとりをしている。
 それにしても、ホイル大佐の口から雑誌の話題が出てくるとは。これまではアニメの話題がほとんどで、たまにテストの話や学校での出来事を話すくらいだったのに。もしかしてこれは、花室野乃花に関する話が出るのかもしれない。少しは、隣の席のわたしにも関心を持ってくれたのかななんて、ドギマギしながら返事を送った。

『たまに読んだりするよ! TEENROSEっていう雑誌は良く読むかな』

 なーにが、良く読むかな、だ。毎号欠かさず隅まで読んでいる上に誌面に載っているくせに! 自分につっこみながらも、返事を待って深呼吸する。

『あーすまんそういう雑誌じゃなくて、アニメ雑誌。今月号のアニマトリウムすげえいいからぜひ!』

 ガクッと肩を落とすわたし。そうだよね、原田くんがたかがクラスメイトに興味を持つわけがない。やばい、これぞ自意識過剰だ。もしも原田くんが目の前にいたら、彼はあの冷ややかな目でわたしを見てくるのだろう。
 しかし、今わたしがやりとりをしているのは優しくて気さくなホイル大佐だ。気を取り直してすぐに雑誌についての返事をする。アニマトリウムは読んだことがないけれど、明日本屋さんに行って買ってこよう。そう考えているうちに、もうひとつコメントが追加された。

『ところで、平気か?』
「──え……?」

 今日のやりとりを何度も見返す。そのどれもがいつも通りのなんてことのない会話で、わたしだって普段通り絵文字をつけてコメントを返している。それなのに、どうしてホイル大佐はこんなことを言ってきたのだろう。
 ふと、全てを話してしまいたい衝動に駆られた。自分の正体が花室野乃花だということ。ドクモコンテストで優勝したら、たくさんのアンチコメントをもらってしまったこと。気にしたくないのに、どうしても頭から離れてくれないこと。
 だけど全てを話すわけにはいかない。まだわたしは、ホイル大佐を失いたくないんだ。
 泣きそうになった自分に驚いて顔を上へとぐいっと向ける。表面張力って言うんだっけ。涙は落ちずに、その代りに天井のライトがゆらゆら揺れた。
 どう返事をしようかと考えていると、またまたピコンと通知が入る。ホイル大佐はせっかちだ。

『もしもSNSで何かあるなら、全部ブロックでいい』

 しかしこれは、コメントではなくてダイレクトメッセ─ジで送られてきたものだった。当人同士しかそのやりとりを見ることは出来ないため、距離感としてはかなり近しいものがある。ダイレクトメッセ─ジで話しかけたら重いと思われるかもしれないと、わたしは勝手にそう思って今まで敢えて避けてきたのだ。しかしそれもまた、自意識過剰だったのかもしれない。
 ホイル大佐はいつだって、わたしが越えられないものをひょいっと簡単に越えてくるのだ。