ある夜、のんのんとしての”映え”投稿をいつも通りに終えてアカウントを切り替えると、ホイル大佐の姿がなかった。不思議に思い彼のアカウントに飛んでみれば、どうやら丸一日、何も投稿をしていないようだ。そんなことはあまりない──、むしろ今まで一度もなかった。
 学校での原田くんの様子を思い返してみる。別にいつもと変わった所はなかったと思う。スマホをいじってはいたけれど、SNSは開いていなかったのだろうか。
 何かあったのかな……。
 急に気になり、わたしは何の気なしに彼のアカウント名をSNS上で検索をした。これは、自分の評判を見るために最近身につけた、エゴサーチという方法だ。深い意味はなかった。ホイル軍隊が何か有力な投稿をしているかもしれないと思ったという、小さなきっかけ。ところが出てきた投稿にわたしは目を見張った。

『ホイル大佐にブロックされたんだけどマジ草』
『ホイル大佐ってなんなの? フォロワー多いから調子のってるのマジでうざい』
『我こそはアニメオタクみたいな顔してっけど、底辺だから。大佐とか名乗ってる時点で無理』
『あいつのせいでアニオタの質が落ちる。消え失せろ』

 自分の事ではないのに、唇が小さく震えるのが分かった。悪意だらけの書き込みたち。もちろんホイル部隊による彼を讃えるものもあったけれど、それよりもこの気持ちの悪い投稿はわたしの心の中を大きく渦巻かせた。
 もしかしたら彼は、これを見たのかもしれない。
 心臓がどくどくして息苦しい。彼にメッセージを送ってみようか。だけど触れられたくないかもしれない。迷いながら彼のページを開くと、まさにいま、ホイル大佐が新しく投稿をしたところだった。

『パスワード思い出せなくて丸一日入れなかった。謎解きをテーマに設定し直したら自分でもなかなか解けなかった件について』

 いつも通りのホイル大佐の様子に、ふぅーっと長い息が漏れた。よかった、落ち込んで投稿しなかったわけじゃないんだ。立て続けに、もうひとつ新たな投稿が画面に現れた。

『色々気遣ってコメントくれる同志もいますが、すぐにブロックしてるし全然平気なんで。ブロックすりゃ俺の目には入ってこないし気にならんので大丈夫だからな~』

 他にも彼にメッセージを送った人たちがいたんだとほっとする。やはり彼には味方がたくさんいるのだ。
 前にもそういうことがあったっけ。ホイル大佐の描いたイラストに、へたくそってコメントがついていたけれど彼は言い返すでもなくいつも通りマイペースを守っていた。
 きっと彼は強いのだろう。わたしが思うより、何倍も何百倍も強いのだ。

『ホイル大佐さん、お久しぶりです! 元気でしたか? わたしは何かとばたばたしていましたが、今夜は久しぶりに山芋侍を見てから寝ようと思います!』

 なんだか彼と話したくなった。花室野々花としてではなくサリーとして、ホイル大佐と話したくなった。
 いつも隣の席にいて顔を合わせ、会話がたくさんあるわけではないけれど、わたしと原田くんは毎日挨拶くらいは交わしている。それなのに、ずいぶんとホイル大佐と話していない気がした。ふたりは同じ人なのにどうしてこんな風に思うのだろう。

『お、サリ子さん久しぶりやん! 元気ならよきことや。こっちも元気でやってまっせ』

 すぐに返事がきて、嬉しくなってベッドの中で体を縮めた。 しかしコテコテの関西弁が気になる。

『元気でよかった。色々あるみたいだけど、ホイル大佐さんは強いんだね』
『まあこの世界には自衛するためのツールがそろってるでな。俺が強いわけではないんやで』
『なるほど。それがブロックってこと?』

 いつからか言葉も砕けて話せるようになってきている。

『せやで。便利よな、指先ワンタップで排除できるんやから。所詮はネットの世界なんやし、見たくなきゃブロックすれば楽勝や』
『なるほど。わたしもブロックされないように気をつけなくちゃ。笑』
『よっぽどのことがなきゃ、こんだけ仲良くなった人のこと、ブロックしいひんやろ』

 カシャッ。 気付けばその画面をスクショしていた。
──仲良くなったひと。
 わたしのことを、ホイル大佐がそう言ってくれた! バタバタとベッドの中を泳いでしまう。嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい! ホイル大佐がわたしのことを認めてくれた! どうしよう! ここは素直にそう言おう!

『今めちゃくちゃ嬉しくて泳いでる』
『いや今どこにおんねんwてか寝ーへんの? もうだいぶ遅いけど』

 眠れるわけがない。だけどホイル大佐の言う通り。確かに、寝不足は美容の敵だ。

『うん、そろそろ寝る! 最後にひとつ。その関西弁なに?』
『さっきまで難波パラドックス見ててん。ほなおやすみ』

 急いで難波パラドックスを検索する。どうやら難波を舞台にした切ない系恋愛もののアニメみたいだ。映画化も決定しているらしい。

「ほなおやすみ、かぁ」

 ふふふと笑ったわたしは、ゆっくりと目を閉じる。目蓋の裏では、きのこカットの原田くんが「ほなおやすみ」と笑っていた。