撮影からの帰り道に駆け込んだ電車は、八時半発のものだった。窓の向こうはもちろん暗くて、住宅街には明りが灯っている。わたしが住んでいる駅は混雑する電車とは反対方向にあるため車内にはぽつぽつと空席も見られたが、わたしはあえてドアに寄りかかるようにして立っていた。
 ブレザーのポケットからスマホを取り出し、のんのんのアカウントを開く。それはもう息をするのと同じくらい体に染みついた動作となっていて、この手のひらにかかる重さは常に心を落ち着かせてくれる。
 一体いつからスマホがなければ小さな時間さえも過ごせなくなっちゃったんだろう。
 途端に自分がひどくつまらない人間に思え、それを消し去るように親指で画面を素早くフリックした。指先一つで、見たくないものは流してしまえるこの世界に縋るように。

 画面の向こうは、ドクモのあの子やクラスメイトたちの楽しそうな写真で溢れている。今日はクラスのみんなでカラオケに行くって言っていたっけ。あ、この間ファッション特集に大きく取り上げられていたこの子は、メイク動画をまたアップしている。わたしもチャレンジしてみたいけど、私物のメイク道具はプチプラばかりでドクモとしてのイメージに傷をつけてしまうかもしれない。
 はあ、と小さくため息をついたわたしは、南と撮ったピースサインのみの写真を選んでSNSの海へと投じる。撮影や遊びに行く度に撮っていたツーショットの写真は、今日は撮らなかった。もう、誰かにアピールするための写真なんて南には必要がなくなったのだ。

『今日はだいすきな南と撮影。本当に大好きだよ、いつもありがとう』

 南がドクモをやめることは、まだ公にはなっていない。いや、たかがドクモでしかないわたしたちがどうなるかなんて、誌面で取り上げられることはないのだ。
 投稿した写真には、すぐにコメントなどの反応が届いた。しかしわたしは、その通知欄を確認せずにアカウントを切り替える。
 ──指先ひとつ。
 それだけで窮屈で息苦しくも華やかな世界は一瞬にして消え去り、代わりにアニメのイラストや動画がカラフルに踊る世界が目の前に広がる。わたしはそこで、やっと酸素を取り込むことが出来たのだ。
 ここは、本当のわたしでいられる場所。誰にも気を遣わないで、かっこつけないで、他人の評価なんて気にしない、ありのままの自分を表現できる場所。気持ちを吐き出すことが出来る場所。

『さみしい。悲しい。虚しい。なにが正解か分からない』

 このアカウントのフォロワー数は0。弱音を溢したところで誰も気に留めることはないということだ。
 誰かに心配してほしいとか、そういうわけじゃない。ただ、この思いを吐き出したいだけ。

「わたしって、何がしたいんだろ……」

 別れ際、看護師になりたいから勉強を頑張ることにした、と夢を口にした南。自分の進みたい道を見つけ、そこに向かって歩き出した彼女が眩しくて仕方なかった。
 わたしの将来の夢はプロのモデル。そうやって口では言っているけれど、どこまで本気でそう思っているのか自分でも分からない。血が滲むような努力や、厳しい世界で生きていく覚悟が自分にあるのかと聞かれたら、正直実感なんてない。

「まだ十七なんだから、自分の将来なんて分かんなくてもいいじゃん……」

 自分を励ますように口にしても、気持ちは全く晴れなかった。

 ──まだ十七。
 ──もう十七。

 十七年しか生きていないけど、もう十七年も生きてきた。いつになったらわたしは、自分のことが分かるようになるのだろうか。