真っ白なバッグペーパーがいつもよりやたらと眩しい。──ああ違う。彼女が眩しいんだ。わたしは隣でカメラに向かって笑いかける、南を見つめた。

 南とわたしは、同じ時期に読者モデルとなったドクモ仲間だ。同じ撮影に呼ばれることが多く、そこから意気投合した。今ではプライベートで遊ぶくらい、ドクモ仲間では唯一とも言える仲良しの友達だ。いつかふたりで大きなページに載ろうねと切磋琢磨しながら頑張って来た。この撮影を最後に彼女がドクモをやめると知らされたのは、今日、スタジオで顔を合わせた時だった。

「はい、お疲れさま! 南ちゃん、本当に今までありがとうね」

 カメラマンさんがそう言ってカメラを下ろすと、南はほっとしたような表情で大きく頭を下げた。そんな彼女に対し、周りのみんなが拍手のシャワーを送る。嬉しそうに笑う南は、年相応のかわいらしい女の子に見えた。
 帰り支度をしていると、隣にやって来た南にポンと肩を叩かれる。

「ここまでドクモを続けてこられたのは、のんがいてくれたから。今までありがとね」

 南はそう言いながら鏡の前で淡いピンクのリップクリームを唇にのせる。薬局やコンビニでも売っているような、数百円で買えるもの。ついこの間までは、お金を貯めてお揃いで購入した憧れブランドのグロスを引いていたのに。濃い赤色の、大人の味がするやつを。

「ねえ、もうちょっと一緒にやろうよ。南がいなきゃ寂しいよ」

 ドクモたち、なんて誌面ではひとくくりのサークルのように紹介されるわたしたち。みんなで買い物に行ったり、新商品のコスメ発表会に招待されたり、ちょっとしたパーティに参加したり。みんなとっても仲良しです! などという華やかで仲睦まじい写真が誌面を飾るけれど、実際にはそんな綺麗な世界ではない。オンナの世界だなんて一括りにするのは好きではないけれど、一般的にイメージされるそんな世界がここにはあるのだ。
 少しだけ顔が丸くなった彼女は、もう少し一緒にやろうと言うわたしの言葉に、笑顔で首を横に振った。

「もういいや、って思ったの。疲れちゃった。人と比べるのも競争するのも、見栄を張るのも我慢するのも。全部もう、疲れちゃったの」

 ドクモの世界はキラキラしていて、それでいてとてつもなく歪んでいる。みんな美人でかわいくて、スタイルも良い。読者という前書きはついても"モデル"と呼ばれ、わたしがそうであるように学校では一目置かれる存在となる。それは、プライドという金色の塔を高くするには十分な経験だ。
 高校生なのにハイブランドを持っているとか、本当は必死にダイエットをしているのに「自分は太らない体質で」と見栄を張るとか、誰が一番大きく誌面に載ったとか、この企画に呼ばれた呼ばれていないだとか、あの子と仲良くなれば有名になれるとか。
 憧れや嫉妬や羨望が、華やかな誌面の下でぐるぐると渦巻いている。
 たかが読者モデル。モデルじゃなくて、"読者モデル"だ。それでもみんな、そのドクモとしての自分に最も重きを置いている。ただの高校生とは違うと、少なからず自負している。 ──わたしだってそうだ。
 南の言いたいことはよくわかった。撮影に呼ばれても誌面に載らないこともある。一緒に呼ばれたメンバーが我の強い子だと、牽制されることもある。
 ──なんのためにドクモをしてるの?
 そう聞かれたら、うまく答える自信はない。なんのためにお菓子を我慢して、放課後の友達の誘いを断って、わざわざ都内のスタジオに行って。一体わたしは何のために、読者モデルなんてしているのだろうか。
 スタジオを出る時に、先程の撮影データが表示されたパソコンのモニタ─が視界に入った。そこに映るのは、自然に明るく笑う南と、やたらと目を大きく見開き不自然な笑顔を貼り付けたわたしだった。