「野乃花、またサラダだけなのか?」

 あからさまに眉を寄せるお父さんの言葉を受け流して、わたしは空になったサラダボウルをキッチンへと運んだ。心配してくれているのは分かるけど、わたしはドクモをしているんだからこのくらいは当然なの!
 その後はお風呂にゆっくりと浸かり、ヨガマットの上でストレッチ。これがわたしの夜のルーティンだ。
 足をクロスしてウエストを捻りながらSNSを開けば、スイーツを両手に笑う友人たちの写真がたくさん投稿されていた。それを見て少し寂しく感じることさえも、ある種ルーティンのひとつのようになってしまっている。誘われなかったわけじゃないし、断ったのは他でもないこのわたし。これでいいんだ、わたしはドクモなのだから。
スイーツの誘惑に負けなかったのんのん、偉いぞ!
 そうやって自分を励ますも、楽しそうな写真をいくつも見るとやっぱりどこか虚しくもなる。

「考えない考えない!」

 そう言って、わたしはアカウントを“サリ子”のものに切り替えた。SNSというのは本当に不思議なものだ。その世界自体は同じものなのに、繋がっている人々が違うだけでまるで別の風景が広がっている。こちら側の世界には今日も、ホイル大佐がいつもと同じようにいてくれる。
 サリ子になると、途端に気持ちが軽くなるのはなんでだろう。わたし自身にもスイッチがあって、別人になったような気分。
今日のホイル大佐の語りのテーマは、国民的アニメ映画について。わたしも小さい頃から何度も見ている、中学生の初恋が丁寧に描かれた作品だ。
『初恋というものは、夏祭りのラムネに似ている』
 今日のホイル大佐はちょっと詩的。カランと落ちるビ─玉の音、しゅわしゅわはじける小さいあぶくにお祭りのガヤガヤとした喧騒が頭の中で再生され、思わずわたしはコメントをした。

『ホイル大佐さんの初恋はいつでしたか?』

 だって気になるじゃないか。原田くん──ホイル大佐は、どんな女の子を好きになるのだろう。今夜も数秒で返事が来る。

『初恋は小三の頃。衝撃的でした。相手はハルミーです。そこから俺のアニメ人生は始まりました。本当に初恋です』

 ハルミー・検索。

【ハルミー】
 魔法戦隊ポリポリポピーの第二戦士。ふわふわの天然お嬢様。だけど実は超天才。ポリポリポピーのブレーン。

 ねえ待ってよ……。ホイル大佐の好みは、サリーじゃなくてハルミーなの? ねえ、サリーとハルミーって正反対だよね? ねえ……あの……ねえ……。
「っていうか初恋って、アニメの話じゃないし!」
 そんなわたしの独り言は、満月の夜に吸い込まれていった。
 ──と、まあそんなこんなでホイル大佐とサリ子はほぼ毎晩コメントをやりとりするような関係にまでなっていた。しかしながら相手は手ごわいホイル大佐。思うように心の距離は近づかない。

『トルズの八三回はマジで神回』
『ホイル大佐さんこんばんは! トルズ二期のオープニング曲がとてもすきです!』
『おお、いいですな。ぜひ三期のOSTを』
『ありがとうございます! 早速ダウンロードしてみます!』

“いいね”がついて終了。

『この世の中は苔の生えた水槽のようである』
『苔にはヤマトヌマエビが良いらしいですよ、ホイル大佐』
『教室の水槽で飼うことを提案したいと思います。サリ子さん、有益な情報、圧倒的感謝』

 翌日、ホームルームで原田くんは教室の水槽にヤマトヌマエビを仲間入りさせることを提案した。わたし、心の中で小躍り。

『新キャラのルミナス女神すぎんか? 震』
『ホイル大佐の好み? リアルではどういう子がタイプですか?』
『俺にとってのリアル=アニメだから、そういったことは考えたことがない』
『学校とかに、かわいい子いないの?』
『否』

 ガクッと顎が外れそうになった。
 一歩進んで二歩下がる。まさにそんな関係だ。それでもわたしは楽しかった。以前にはなかった気持ちに、知らなかった世界に、わたしは魅了されていったのだ。