結局、その手紙の返信が来たのは僕が紙飛行機を隣の家に投げ入れた次の日だった。

 その日僕は大きく口を開けた窓から吹き込んでくる風によって目を覚ました。その風に促されるまま上体を起こすとベッド、机、本棚、最低限の家具しか置かれていない部屋の中を見回すと、それはあった。

 窓の下で死んだように横たわるその手紙は僕が送った方法と同様に紙飛行機に形成されていた。

 まだ重さを感じる身体をベッドから引き摺り出し、紙飛行機の元へ覚束ない脚しどりでゾンビの如く歩み寄る。窓付近に到着すると僕の頬を一筋の風が凪いでいく。蒸し暑い夏に凪ぐその風は流水のようで気持ちよかった。重たい体に対してのひどく健康的な朝は僕をどこか遠くへ連れていってくれそうに思う。

 紙飛行機の形を崩し、内容を確認する。
『こんにちは。あなたは誰?』実に要点のまとまった一文だと思う。突然部屋の窓から紙飛行機が入ってくるのだ。訝しむのも当然だろう。

 不登校の身である僕は大した用事もないので、その手紙を携えたまま机に向かうとノートの白紙のページを丁寧に破り、ペンを取ってこれからしたためる手紙の内容を思案する。

 『ただの寂しがり屋で不登校の高校生です。そうですね名前はホワイトとでもしておきましょうか』たっぷり数分間かけ出来上がった文章にしては酷い完成度だった。全く人間と関わっていないとここまでコミュニケーション能力が落ちるのかと僕は愕然とした。

 名前に関しては人間不信の僕が人に名前を晒すという行為に引け目を感じてしまったので伏せておくことにした。

 兎にも角にも僕のコミニュケーション能力ではこれが限界のようなので妥協して、その手紙を飛行機に形成する。そして再び、相変わらず大きく口を開いている窓に目掛けて放った。

 そしてやはり返事は紙飛行機を放った次の日に届いた。
『じゃあ私はただの陽気な女子高校生のブラックとでもしておこうかな。寂しがり屋の不登校さん』

 「なるほど。そういうことか」なぜ手紙を送った次の日に返事が来るのか。ということに合点がいき、僕は無意識にそう呟く。

 当然といえば当然だが、彼女は高校生なのだ。つまり、不登校である僕が手紙を送っているこの時間帯に彼女はいない。

 1つ謎を解明してスッキリした僕の頭の中と裏腹に、この夏という季節は容赦無く熱を送り続けてくるようだった。

 僕は今日届いていた手紙を机の上に丁寧に置くと、部屋の隅に置いてある扇風機を稼働させた。ガタガタと揺れ動く扇風機を他所に、僕は机に向かって手紙をしたためる。

 『なるほど。では陽気な女子高生のブラックさん。僕は寂しがり屋なのでこのままあなたとこの文通でお話ししたいんだけど。どうかな』
 『いい提案だね。ちょうど私もそう思ってたの。文通とか小学校からの憧れだったんだよね』
 『それは嬉しい限りだ』
 『ところで、なんで寂しがり屋のホワイトさんは不登校なの?』
 『中学校の頃に色々とあったんだよ』

 まさかここまで僕の脆い部分に踏み込んでくるとは思わず、不登校と名乗ったことを後悔すると同時に僕は気づく。

 そうだ。結局のところ僕を理解してくれるには僕とほとんど完璧に同じ人間でなくてはならない。同じ境遇でなければ共感することも理解することもできない。何故なら、世間一般での共感や理解とはその人間の心境をこうであろうと仮定しているに過ぎないからだ。

 勝手に手紙を送り、自分の理解者にはなり得ないと知った途端勝手に絶望する自分を惨めに思いながら、今日届いていた紙飛行機を崩し、内容を確認する。

 『そっか。じゃあ青春を送れない青春コンプレックスの君の代わりに私が代行してあげよう』

 手紙に綴られた内容に僕はまず訝しんだ。
 それから、徐々にその訝しみは気持ちいいほど愉快な感情に変換されていき、自然と口角がつり上がる。

 彼女は共感でも理解でもなく、青春を代行するという意味のわからない返答をしたのだ。それが面白くないわけがない。そして、この全く新しい彼女の提案は青春を謳歌できなかった僕にとって一縷の希望のように映った。

 やがて、笑いが治ると僕は文通に利用している窓とは別の窓に視線を流す。その窓の先に窺える入道雲と夏の群青はやはり、不登校の僕にはひどく健康的だった。