冷たい雪が瀬名先輩の肩に積もっていく。
外は冷たいのに、どんどん自分の体温は上昇していく。
言葉に詰まっている私を見て、瀬名先輩は苛立ったように私の両肩を掴んで引きはがした。
「ちゃんと分かってんの? なあ」
「た、大切な記憶だけ……失うって……」
「そうだよ。お前が大切だからだよ。どうすんだよ」
あらためて言葉にして言われると、とんでもなく照れ臭くて。
自分の顔が一気に赤くなっていくのがわかり、私は思わず俯いた。
けれど、瀬名先輩がそれを許さなかった。
両手で頬を包まれ上向かされ、堪らなくなった私は、照れを隠すように問いかけた。
「じゃ、じゃあ、昨日のカフェで私にしたことも、私が大切だからですか……?」
「……カフェで何かしたっけ」
「お、覚えてないんですか……じゃあいいです……」
「なんだそれ」
キスしたことをすっかり忘れられている事実に、私はあからさまに落ち込んでしまった。
やっぱりあれはただの慰めのようなキスだったと思うしかないのかもしれない。
瀬名先輩は本当に忘れているだけなのだろうけど、今さらなんでキスしたのかなんて聞けない。
……なんて、自分の中で葛藤していると、急に瀬名先輩の顔が近づいてきた。
驚いているヒマもなく、唇に柔らかいものが当たる。
「ごめん、今思い出した」
「な……、なん……」
口を金魚のようにパクパクとさせている私を見て、瀬名先輩は吹きだす。
瀬名先輩に二回目のキスをされたという事実を受け止めるのに、自分の頭が追いつかない。
楽しそうに笑っている瀬名先輩の姿を見て、カフェでのキスのことを忘れていなかったことを確信した。
「ひ、ひどい……、わざと覚えてないふり……」
からかわれたことに怒ろうとして胸を叩こうと腕を振りあげると、瀬名先輩がそんな私ごと再び抱きしめた。
抱きしめる腕がかすかに震えていることに気づいて、私は振り上げた腕を瀬名先輩の背中にそっと回した。
「……俺、もうとっくに、余裕ないんだけど」
低い声で耳元でささやかれ、私はまたなぜか泣きだしそうになっていた。
瀬名先輩の体温、言葉、優しい瞳、息遣い、そのすべてを、一ミリたりとも忘れたくないと思ってしまったから。
「琴音が好き。だから、忘れたくない」
ストレートなその言葉が、いとも簡単に私の涙腺を再び壊してしまった。
「俺、春から東京でひとり暮らしするけど、会いに行くから」
「先輩……」
誰かを好きになるということは、こんなにも胸が苦しくなることなのか。
瀬名先輩の肩越しに舞う雪を見つめながら、私は何度も彼の胸の中で頷いた。
うなずくだけで言葉にできない私の頭を、瀬名先輩は優しく撫でてくれたのだった。
side瀬名類
……雪が、桜の花びらのように舞い降りてくる。
空は深い青で、街頭に照らされた雪だけが淡く光っている。
深夜二時。俺たちの心音と呼吸以外、何も聞こえない世界で、俺は脳内に焼き付けるように琴音のことを抱き締めていた。
小さな肩は震えていて、彼女の涙で俺の服が濡れている。
彼女の髪の毛にふわりと留まった雪を指で払って、頭を優しく撫でた。
……大切な人の記憶だけ保てないなんて、今はなんて残酷なことなんだろうと思う。
琴音がいなかったら、この記憶障害と立ち向かおうなんて思ってもみなかった。
いったいいつまで、立ち向かえるだろうか。
毎日、針の穴に糸を通すような気持ちで眠りについて、今日と明日を繋げている。
メモだけじゃ、今の体温や呼吸までは覚えていられない。
だから、俺にとって“今”がすべてで、全力で感じ取らなければいけない。
琴音が好き。
胸の中に刻み付けながら、今日が地球最後の日かのように、俺は彼女のことを抱き締め続けていたんだ。
〇
スマホのけたたましい音で目を覚ますと、いつもどおりの朝が来ていた。
SNSを見ろという、いつもどおりのメッセージを見て、俺は通知のとおり行動する。
そこには、ビニール傘を差しながら粉雪を見上げている女子の写真が投稿されていた。
それは、一週間前の投稿で、昨日の投稿には『アイツが雪で風邪を引いてまだ学校に来ない。責任を感じる』と書かれていた。
「雪……風邪……」
ベッドの中で唸りながら、今度は写真フォルダを開くと、同じ女子の写真しか残っていない。
怖がってる顔の写真、驚いている顔の写真、笑っている顔の写真……。
その写真を見ていると、自然と気持ちが優しくなってくる。
そうしているうちに、だんだんと琴音の記憶の輪郭がはっきりとしていくのだ。
「琴音……、アイツ早く学校来いよ」
記憶をぼんやりと思い出した俺は、写真の琴音に向かってそんなひとりごとをつぶやいてしまった。
部屋着である黒のスウェットを脱いで、俺は制服に着替え始めた。
この制服を着るのも、あと二週間で終わるのかと思うと、少しだけ感慨深い。
ネクタイを結びながら、つけっぱなしで寝てしまったテレビを眺めていると、画面いっぱいに桜の花が咲き誇っていた。
そうか、この一週間で一気に春の陽気になったから……。
ふと頭の中に琴音と行きたい場所が過ぎり、胸の中が華やいだ。
しかし、そんな気持ちをぶった切るように、速報で『連続放火相次ぐ』という文字が流れた。
「物騒だな……」
同じ県内のニュースのため、おだやかでない気持ちになり、俺はすぐにテレビを消す。
その間にスマホには、『今日は行けそうです』というメッセージが、琴音から届いていた。
ブレザーを羽織って、そのまま外を出ようとすると、しゃがれた声が浮足立った俺を引き留める。
「類、待ちなさい」
「……なんだよ」
振り返ると、庭先に水をあげていた祖父が近づいてきた。
電車の時間までそこまで余裕がない俺は、少し気持ちが焦っている。
祖父は黒縁眼鏡の位置を片手で整えてから、真剣な顔で問いかけてきた。
「……お前、最近記憶障害はどうなんだ。ぼうっとしてることが多いぞ」
「別に。問題ないけど」
祖父から見ても分かりやすいほどだったのか。
俺は祖父の言葉を軽くあしらいながら門に手をかけると、祖父が再びそれを止めた。
「来週金曜、何の日か覚えているのか」
来週金曜……、卒業式以外に何かあっただろうか。
立ち止まって考えていると、祖父が低い声で「お前の両親の命日だろう」と、さとされた。
そうか、もうそんな季節がやってきたのか……。
本気で忘れていたような気もするし、頭のどこかでは分かっていたような気もする。
家族のことに関しては、あの事件のせいで本当に記憶が希薄なのだ。
祖父は責めるでもなく、落ち着いた目で俺のことを見ている。
「類、お前……、誰か大切な人ができたのか」
何も答えずに、俺もじっと祖父のことを眺めている。
生暖かい風が吹いて、祖父の緑のカーディガンを捲りあげ、庭の奥に咲いている桜の花びらが舞ってきた。
祖父の黒い瞳に、ただ無表情で立っている自分の姿が映っている。
「何度も言うが、お前は人とは違う。だから、その子のことを、傷つけるようなことはするなよ」
「……分かってる」
「そうか。東京でも、上手くやりなさい」
「分かってるって」
俺はふいと顔を背けて、今度こそ家をあとにした。
俺はもうすぐこの家を出て、東京へ行く。そのことを祖父なりに心配しているんだろうか。
人とは違う、なんてこと、頭では十分、分かっているつもりだ。
……人と違う俺では、琴音のことを幸せにできないのだろうか。
ふとそんな考えが過ぎって、電車に乗りながらまたぼうっとしてしまった。
けれど、“今日”琴音と会える。その事実だけで、俺は胸がいっぱいだった。
琴音と出会ってから、一日一日の重みがこんなにも変わってしまった。
学校に着くと、すっかり春の装いの生徒で溢れていて、窓からは満開の桜が見えていた。
昼休憩に二年の教室に向かうと、相変わらず俯いた様子の琴音がそこにいる。
「……背景に溶け込みすぎだろ」
その暗い様子に俺は思わず吹きだしながら、一緒に昼飯を食おうと、声もかけずにしばらくその様子を眺めてみる。
公園でのあの夜、琴音は子供みたいに泣きじゃくって、過去の自分と闘っていた。
その姿を見て、守ってあげたい気持ちと愛おしい気持ちが高まって、思わず二度目のキスをしてしまったのだ。
アイツ、俺が卒業したらまたひとりでいるのだろうか。
そんなことを心配に思っていると、ふと思い立ったように琴音は立ち上がって、俺がいないほうのドアから教室を出ていってしまった。
そんなに鬼気迫った様子でどこに行くんだ、と不思議に思いながら見つめていると、いつの間にか二年の女子が自分の周りに群がっていた。
「せ、瀬名先輩、何か用事ですか? 誰か呼びますか?」
顔を赤らめた女子が、友人に後押しされ代表するような形で、俺に質問してきたので、俺は教室のドアに手をかけながら、表情ひとつ変えずに答える。
「彼女待ち。でも今俺をフルシカトして出ていった」
「え!? か、彼女、このクラスにいるんですか? ちょっと、皆ー!」
なぜかテンションがハイになったその生徒は、彼女が誰なのか名前も聞かずに教室の中へ走っていった。
俺は、そんな様子に呆れながら、琴音が消えていった先にある隣の教室を、通り掛けに覗いてみる。
すると、そこには村主の前でお弁当を持って、何か必死そうな様子の琴音がいた。
派手な友人とお昼を食べていた村主は少し驚いている様子だったが、すぐに笑顔になって、琴音を隣の席に座らせる。
琴音はぺこぺこと頭を下げながら、安心したように、嬉しそうに、笑っていた。
「まあ、いいか……」
休み明けにまず俺でなく村主に会いに行くところは不服だが、その嬉しそうな笑顔があまりに可愛かったので許してしまった。
俺は菓子パンを加えながら、声もかけずに琴音たちのいる教室を通り過ぎる。
『今日放課後、土手集合』。
一言だけメッセージを送って、俺は窓いっぱいに咲き誇る桜を見上げた。
今日はとんでもなく快晴だ。
先週までの雪が嘘みたいに感じる。
四季なんて気にしたことが無かったから、春はいつも突然やってくること、忘れていたかもしれない。
高校から自転車を漕ぐこと約二十分。
ようやく建物が少なくなってきて、柔らかな緑の土手が見えてきた。
体力のない琴音は、息を切らしながらうしろをついてきていて、俺はそんな彼女を待たずにひょいひょいと最後の坂をのぼり、自転車をテキトーな場所に置いた。
「早く来い、琴音」
「はっ、はあっ……、待ってください先輩、酸素がっ……」
夕日が川面をキラキラと輝かせていて、あまりのまぶしさに思わず目を細める。
階段をいちだんずつゆっくり降りて、川近くの芝生に腰を下ろした。
俺が座ってから少し経って、ようやく琴音が近くにやってきて、芝生の上に倒れ込む。
制服が汚れることなんか、もう構っていられないほど疲れたらしい。
「はあっ……、なんでそんなに先輩余裕そうなんですか……」
「お前はなんでそんなに死にかけてんだ」
「普段話し相手がいなくてエネルギーを使ってないから慣れてないんです……」
「今日頑張ってたじゃん」
「え? なんのことですか……?」
琴音はきょとんとした顔をしたが、俺は笑いながら「なんでもねぇよ」とつぶやいた。
土と草の匂いを久々に感じながら、思い切り深呼吸をしてみる。
青々とした新鮮な春の空気が、俺たちの髪をふわりと空に舞い上がらせる。
ふと、琴音の髪の毛がいつもと違ってゆるやかにカーブしていることに気づいて、俺は髪を指で掴んだ。
「……何これ。巻いてんの?」
「あ、はい。昼休憩に村主さんたちに遊ばれて……」
よく見たら、前髪もすっきりと横に流されていて、いつもよりずっと顔がよく見える。
どんな姿でも琴音であることに変わりはないけど、表情が見えやすいのはいいかもしれない。
「いいじゃん、かわいい」
「え!? なんですかそれ」
「どんな反応だそれ」
「す、すみません、言われたことが無さすぎて、うっかり違う言語に感じてしまって……。というより、今日はなんで土手なんですか」
照れ隠しで急に話題を変えた琴音は、焦った様子で目を泳がせている。
俺は当初の目的を思い出し、すっと立ち上がって川岸に近づき、琴音を手招きした。
「今日の記憶のリハビリの目的はこれ」
「え……、あ! 勿忘草、たくさん咲いてる!」
「雪をよく耐えたな」
半径五m範囲内に広がる青い花を見て、琴音はまぶしい笑顔を見せた。
花径が一センチにも満たない、小さな小さな青い花が集団になると、ちょっとした川のようにすら見えてくる。
いつか琴音に行きたい場所を訪ねたときに、土手に来たいと言っていたと、メモに書いてあったのだ。
「ばあちゃんが、好きな花だったんだっけ」
「そうなんです。ばあちゃんは青色が好きで、いつもこうやって公園とかで見つけては“かわいいお花”って、嬉しそうに眺めてて……」
愛おしそうに花を見つめる琴音を、俺は不意打ちでスマホのカメラで撮った。
「あっ、ちょっと! 今絶対変な顔して……」
「連写攻撃」
「ちょっと……、止めてください!」
そう言いながら、琴音は楽しそうに笑っていた。
青い花と、春の風と、夕日の光と、大切な人の笑顔。
この瞬間を忘れないように、明日の自分に残しておけるように、俺は何枚も写真に残した。
しばらくすると、抵抗することを諦めた琴音は、勿忘草を数本採って、何かを作り始めた。
「……瀬名先輩、知ってますか? どこかの記事で読んだんですけど、“死”は青い光を放つらしいですよ」
「へぇ……」
「虫で実験したことだし、人間に対してはどこまで本当なのか分からないけど……。最期にばあちゃんは光を見て天国に行けたのかなって、たまに思うことがあるんです」
静かに語りながら、琴音は器用にシロツメクサの茎も使って、花を繋ぎとめている。
死は青い光……。いつか自分にも訪れる死を想像して、ぼんやりとそれはどんな青なんだろうと考えていた。
俺の両親も、真っ赤な炎に包まれながら、最期にはそんな光を見れたのだろうか。
昔のことを思ってぼうっとしていると、琴音が心配そうに顔を覗きこんできたので、俺は「ちょっと家族のこと思い出してた」とそのまま答えた。
琴音には、どうしてこんなにもあっさりと自分の過去を曝け出せるのだろうと疑問に思いながら、誰にも話したことのない気持ちをつぶやく。
「記憶がないから、どうして母親が火をつけてまで、家族を壊そうとしたのか本当に分からないんだ。親族は好き勝手に、夫婦仲が悪かったせいとか、育児ストレスでとか、いろんな噂をしてたけど」
「そうだったんですね……」
「俺は母親に殺されかけた事実だけ残って、でも今こうして生きてる。親に殺されかけてまで、大切なことを忘れる記憶障害を残してまで、生きてる意味って、なんなんだろって……ずっと分からなかったし、今も正直分からない」
答えに困るようなことをだらだらと言ってしまったことに気づき、俺はそこで話すことを止めた。
しかし、琴音はじっと俺の顔を見つめてから、まっすぐな瞳でこう返した。
「生きる意味のある人間なんて、世界中のどこにもいないと思います」
諭すわけでも、慰めるわけでもなく、琴音は当たり前のようにそう答えた。
あまりにもはっきりとした答えに、俺は目から鱗が落ちるような思いで、ただただ彼女を見つめる。
「記憶障害に関しては、大切なことだって思ってても、私は忘れっぽいからすぐ忘れることたくさんあると思います。その頻度が多いか少ないかだけの話で、それだけです」
「……たしかに、忘れっぽそうだなお前」
「いつか忘れるし、いつか死ぬけど、でも、瀬名先輩と一緒にいることに、私は意味を感じてるから……、だから……」
必死な顔をしている琴音を見て、なんだか少し笑えてきた。
本当にそうだ。どんな人間だって、大切なことを全部覚えてはいられない。
今一緒にいることに意味があると、それしか答えはないのだと、琴音は言いたかったのだろう。
なんでそんな簡単なことに、今まで気づけなかったのだろう。
おかしくて……なんだか少し、泣けてくる。
「あらためて言っておくけど、俺、お前のこといつか忘れるかも」
今朝、祖父に言われたことを思い出し、俺はこのことを真剣に話しておかなければならないと思った。
考えたたくもない未来だし、今のことだけ見て逃げていたいけれど。
でも、俺といることに意味があると言ってくれた琴音を、絶対に傷つけたくないから。
「……それでも、“忘れた”ことは、“大切だから”だって、分かってくれるか」
そう問いかけると、琴音は一瞬表情を固まらせた。
究極の質問に、世界がスローモーションのように遅くなって見える。
東京にいったら、もっと琴音の記憶を保つことが難しくなるかもしれない。
大学生だし、会いに行くといっても月一が限界かもしれない。
だけど、それでも、ずっと一緒にいたい。
春風が吹いて、琴音の柔らかい髪の毛が再び軽やかに舞っていく。
琴音は、俺の手を優しく取ると、ずっと作っていた何かを俺の手首にはめた。
……それは、勿忘草とシロツメクサで作ったブレスレットだった。
「嫌です、忘れないでください」
「え……」
「これは、忘れないためのお守りです。勿忘草にかけて作りました」
「……単純すぎて効果なさそうだな」
呆れた顔でブレスレットを眺めながらそう返すと、琴音の肩が少しだけ震えていることに気づいた。
「でももし、もし、本当に私のことを忘れて、もう何も思い出せなくなっちゃったら、何をしても無理だったら、私は、先輩が最期に見るときの光の欠片になりたい……」
「……琴音」
「い、一瞬で……いいから……」
あまりに強がりと切なさが入り混じったことを言うので、俺はどうしようもなく苦しい気持ちになってしまった。
琴音の言葉には嘘がなくて、まっすぐで、だから心臓に直接届いてしまう。
琴音と出会うまで、誰かを傷つけることなんて覚えてないくらい容易くやってきた。俺のことを恨んでいる人間もいるはずだろう。
そんな人間なのに、どうしてお前はそんな健気に真剣に向き合ってくれるんだ。
今何かを言ったら泣いてしまいそうだったから、強く強くブレスレットに誓った。
忘れないでいる、できるかぎりの努力をしよう。
未来は何も分からないけれど、琴音を泣かせたくないことだけは揺るがない事実だ。
思わず抱き締めようとしたけれど、琴音は突然膝立ちし、俺の頭を掴んで胸の中に抱き寄せた。
予想もしていなかった行動に、俺はあからさまに動揺してしまった。
「何してんの、びっくりすんだけど」
「……い、いつかの視聴覚室で、怖いならこうしてればいいって、瀬名先輩が教えてくれたから」
「別に今、怖がってないけど」
「練習です。これから先、先輩が未来を不安に思ってしまうことがあったら、いつでもこうしますから」
「……思い切り顔面に胸当たってんだけど、このまま有難がっといていい?」
「し、真剣に話してるんですけど……」
琴音が茶化した俺に怒ったその瞬間、俺は何倍もの力で琴音のことを抱き締めた。