ふと頭の中に琴音と行きたい場所が過ぎり、胸の中が華やいだ。
 しかし、そんな気持ちをぶった切るように、速報で『連続放火相次ぐ』という文字が流れた。
「物騒だな……」
 同じ県内のニュースのため、おだやかでない気持ちになり、俺はすぐにテレビを消す。
 その間にスマホには、『今日は行けそうです』というメッセージが、琴音から届いていた。
 ブレザーを羽織って、そのまま外を出ようとすると、しゃがれた声が浮足立った俺を引き留める。
「類、待ちなさい」
「……なんだよ」
 振り返ると、庭先に水をあげていた祖父が近づいてきた。
 電車の時間までそこまで余裕がない俺は、少し気持ちが焦っている。
 祖父は黒縁眼鏡の位置を片手で整えてから、真剣な顔で問いかけてきた。
「……お前、最近記憶障害はどうなんだ。ぼうっとしてることが多いぞ」
「別に。問題ないけど」
 祖父から見ても分かりやすいほどだったのか。
 俺は祖父の言葉を軽くあしらいながら門に手をかけると、祖父が再びそれを止めた。
「来週金曜、何の日か覚えているのか」
 来週金曜……、卒業式以外に何かあっただろうか。
 立ち止まって考えていると、祖父が低い声で「お前の両親の命日だろう」と、さとされた。
 そうか、もうそんな季節がやってきたのか……。
 本気で忘れていたような気もするし、頭のどこかでは分かっていたような気もする。
 家族のことに関しては、あの事件のせいで本当に記憶が希薄なのだ。
 祖父は責めるでもなく、落ち着いた目で俺のことを見ている。
「類、お前……、誰か大切な人ができたのか」
 何も答えずに、俺もじっと祖父のことを眺めている。
 生暖かい風が吹いて、祖父の緑のカーディガンを捲りあげ、庭の奥に咲いている桜の花びらが舞ってきた。
 祖父の黒い瞳に、ただ無表情で立っている自分の姿が映っている。
「何度も言うが、お前は人とは違う。だから、その子のことを、傷つけるようなことはするなよ」
「……分かってる」
「そうか。東京でも、上手くやりなさい」
「分かってるって」
 俺はふいと顔を背けて、今度こそ家をあとにした。
 俺はもうすぐこの家を出て、東京へ行く。そのことを祖父なりに心配しているんだろうか。
 人とは違う、なんてこと、頭では十分、分かっているつもりだ。
 ……人と違う俺では、琴音のことを幸せにできないのだろうか。