4人で歩いてゆくと、れんげ草が群がり咲いている場所があった。良太たちはそこで語り合うことにして、満開の花の上に腰をおろした。
「きのう聞いた話だと敵の特攻対策も相当なものらしいな。予想はしていたことだが」
「なんと言っても問題は敵の戦闘機だから、直掩機にはしっかりやってもらわんと。死に物狂いで護ってくれるとは思っていますけど」
吉田と木村の言葉に遠藤が口をはさんだ。「ゆうべ聞かされたじゃないですか、小林少尉や吉野たちの隊から、我突入すの無電があったこと。先に征ったみんなは絶対にうまくやっていますよ。私はたとえ火だるまになってでも、必ずうまく突入してみせます」
「なあ、遠藤」と良太は言った。「俺たちは最後まで突入を諦めてはならんが、それでもうまく行かないことはあり得るんだ。これは仮定の話だが、敵艦に突入できないようなことになったら、お前はどんな気持ちになると思うか」
「絶対に空母か戦艦を撃沈します。それ以外のことを考える必要はないです」
「俺の考を言おう」と良太は言った。「たとえ海に突っ込むことになっても、日本人の愛国心がどんなものかを、世界中に思い知らせてやったことになるんだ。敵艦に突入できなくても、国のためには立派に役立つことになるんだ。だから、敵艦を撃沈できないようなことになっても、俺は使命を果たしたと思いながら突っ込む。後悔しながら死ぬよりも、家族のことを思いながら死んだほうがいいじゃないか」
吉田と木村は良太に賛同したが、遠藤は、いかなる状況にあろうと、敵艦への突入を果たすべきだ、と主張して譲らなかった。
遠藤が言った。「森山少尉の言われることもわかりますが、私は絶対にうまくやって見せます。天皇陛下万歳と絶叫しながら突っ込みますよ」
良太は思った。命と引き換えにして国を救おうとする気持を、遠藤は天皇陛下万歳という言葉に込めようとしている。遠藤はその言葉を叫ぶことにより、自らの戦死を価値あるものと思いつつ、最後の一瞬を迎えることができるのだ。
「ところでな、木村」と吉田が言った。「お前は聖書を持っているらしいが、靖国神社に祀られたらどうする気だ」
「ことわって天国へ行きます。天国に受け入れてもらえるかどうか、まったく自信はないですが」
「心配するな、お前なら天国に行けるぞ。靖国神社に閉じこめられるより、天国で羽根をのばす方がずっとましだよ」
「小林が谷田部を発つときに叫んだよな、靖国で待ってるぞ、と。あのとき貴様は、あとから俺も征く、靖国で会おうぜ、と応えたじゃないか。どういうつもりで言ったんだ」
「俺たちの合言葉みたいなもんだろうが、靖国は」と吉田が言った。
「気持を通い合わせる合言葉……そうだよな、たしかに」
「ここを発つときには、私だって言うかも知れないです、靖国で会おうって」と木村が言った。「靖国神社に祀られる気はまったくないですが」
良太は小林の笑顔と声を思い返した。谷田部の飛行場を発つとき、操縦席の小林は笑顔を見せて、「ひと足先に征く。靖国で待ってるぞ」と叫んだ。
小林のあの笑顔は、彼が叫んだあの言葉によって支えられていたのだ。俺たち特攻隊員は、死にゆく想いを共有しているわけだが、小林は靖国で会おうという言葉にそれを凝縮させたのだ。そのことは小林にかぎらず言えることだが、木村のように神道を受け入れない者はどうであろうか。木村は20年に満たない人生を、自ら国に捧げようとしておりながら、靖国神社に祀られることを拒絶しているのだ。木村の殉国の至情に対して、この国と国民はどのように応えるべきであろうか。
その午後、良太は家族にあてた手紙を書くことにして、教室の隅で便箋にむかった。翌日の朝まで出撃する予定はないので、日記や手紙を記すに充分な時間があった。
〈………谷田部からの手紙で父上母上をはじめ皆がさぞかし驚かれ、悲しまれていることだろうと思いつつ、そして先立つ不孝を深く詫びつつこれを書いております。あの手紙にも書きましたが、特攻隊には大きな意義があります。報恩なくして先立つ不孝を詫びつつも、報国の志を遂げることについては誉めて頂きたく思います。
伝えておきたいことや特攻隊員として期するところは、すでにあの手紙に書きましたので、今日はこの地に来てからのことなどを書きます。
今日は仲間たちと基地の付近を散歩しました。この地では麦がかなり伸びており、雲雀の声が聞こえます。意外に思われるかも知れませんが、蓮華草に腰を下ろしてしゃべっていた我々からは、ときおり冗談が飛び出したりしました。出撃を目前にしていますが、死に対する恐怖はさほどにありません。死んでも霊魂が残ることを知っていますし、当初から戦死を覚悟していたからでもありましょう。出撃を前にしていながら、不思議なほど冷静にこれを書いております。
三日前から一昨日にかけて、浅井家の千鶴と一緒に忠之の新しい下宿に行きました。忠之が出雲に帰ることがありましたら、そのときの様子を伝えてくれるはずです。
これまでの手紙には書きませんでしたが、千鶴とは結婚するつもりで付き合っていました。千鶴は俺が特攻隊員と知っておりましたので、むろん覚悟をしていたはずですが、もしも子供ができるようなことになりましたなら、大きな苦労を背負うことになります。そのような事態になりましたなら、忠之から連絡があると思いますので、千鶴が望むような取り計らいをお願いします。親孝行はしないままに心配のみおかけしますが、このことを心に留めておいていただきたく、お知らせしておきます。〉
「きのう聞いた話だと敵の特攻対策も相当なものらしいな。予想はしていたことだが」
「なんと言っても問題は敵の戦闘機だから、直掩機にはしっかりやってもらわんと。死に物狂いで護ってくれるとは思っていますけど」
吉田と木村の言葉に遠藤が口をはさんだ。「ゆうべ聞かされたじゃないですか、小林少尉や吉野たちの隊から、我突入すの無電があったこと。先に征ったみんなは絶対にうまくやっていますよ。私はたとえ火だるまになってでも、必ずうまく突入してみせます」
「なあ、遠藤」と良太は言った。「俺たちは最後まで突入を諦めてはならんが、それでもうまく行かないことはあり得るんだ。これは仮定の話だが、敵艦に突入できないようなことになったら、お前はどんな気持ちになると思うか」
「絶対に空母か戦艦を撃沈します。それ以外のことを考える必要はないです」
「俺の考を言おう」と良太は言った。「たとえ海に突っ込むことになっても、日本人の愛国心がどんなものかを、世界中に思い知らせてやったことになるんだ。敵艦に突入できなくても、国のためには立派に役立つことになるんだ。だから、敵艦を撃沈できないようなことになっても、俺は使命を果たしたと思いながら突っ込む。後悔しながら死ぬよりも、家族のことを思いながら死んだほうがいいじゃないか」
吉田と木村は良太に賛同したが、遠藤は、いかなる状況にあろうと、敵艦への突入を果たすべきだ、と主張して譲らなかった。
遠藤が言った。「森山少尉の言われることもわかりますが、私は絶対にうまくやって見せます。天皇陛下万歳と絶叫しながら突っ込みますよ」
良太は思った。命と引き換えにして国を救おうとする気持を、遠藤は天皇陛下万歳という言葉に込めようとしている。遠藤はその言葉を叫ぶことにより、自らの戦死を価値あるものと思いつつ、最後の一瞬を迎えることができるのだ。
「ところでな、木村」と吉田が言った。「お前は聖書を持っているらしいが、靖国神社に祀られたらどうする気だ」
「ことわって天国へ行きます。天国に受け入れてもらえるかどうか、まったく自信はないですが」
「心配するな、お前なら天国に行けるぞ。靖国神社に閉じこめられるより、天国で羽根をのばす方がずっとましだよ」
「小林が谷田部を発つときに叫んだよな、靖国で待ってるぞ、と。あのとき貴様は、あとから俺も征く、靖国で会おうぜ、と応えたじゃないか。どういうつもりで言ったんだ」
「俺たちの合言葉みたいなもんだろうが、靖国は」と吉田が言った。
「気持を通い合わせる合言葉……そうだよな、たしかに」
「ここを発つときには、私だって言うかも知れないです、靖国で会おうって」と木村が言った。「靖国神社に祀られる気はまったくないですが」
良太は小林の笑顔と声を思い返した。谷田部の飛行場を発つとき、操縦席の小林は笑顔を見せて、「ひと足先に征く。靖国で待ってるぞ」と叫んだ。
小林のあの笑顔は、彼が叫んだあの言葉によって支えられていたのだ。俺たち特攻隊員は、死にゆく想いを共有しているわけだが、小林は靖国で会おうという言葉にそれを凝縮させたのだ。そのことは小林にかぎらず言えることだが、木村のように神道を受け入れない者はどうであろうか。木村は20年に満たない人生を、自ら国に捧げようとしておりながら、靖国神社に祀られることを拒絶しているのだ。木村の殉国の至情に対して、この国と国民はどのように応えるべきであろうか。
その午後、良太は家族にあてた手紙を書くことにして、教室の隅で便箋にむかった。翌日の朝まで出撃する予定はないので、日記や手紙を記すに充分な時間があった。
〈………谷田部からの手紙で父上母上をはじめ皆がさぞかし驚かれ、悲しまれていることだろうと思いつつ、そして先立つ不孝を深く詫びつつこれを書いております。あの手紙にも書きましたが、特攻隊には大きな意義があります。報恩なくして先立つ不孝を詫びつつも、報国の志を遂げることについては誉めて頂きたく思います。
伝えておきたいことや特攻隊員として期するところは、すでにあの手紙に書きましたので、今日はこの地に来てからのことなどを書きます。
今日は仲間たちと基地の付近を散歩しました。この地では麦がかなり伸びており、雲雀の声が聞こえます。意外に思われるかも知れませんが、蓮華草に腰を下ろしてしゃべっていた我々からは、ときおり冗談が飛び出したりしました。出撃を目前にしていますが、死に対する恐怖はさほどにありません。死んでも霊魂が残ることを知っていますし、当初から戦死を覚悟していたからでもありましょう。出撃を前にしていながら、不思議なほど冷静にこれを書いております。
三日前から一昨日にかけて、浅井家の千鶴と一緒に忠之の新しい下宿に行きました。忠之が出雲に帰ることがありましたら、そのときの様子を伝えてくれるはずです。
これまでの手紙には書きませんでしたが、千鶴とは結婚するつもりで付き合っていました。千鶴は俺が特攻隊員と知っておりましたので、むろん覚悟をしていたはずですが、もしも子供ができるようなことになりましたなら、大きな苦労を背負うことになります。そのような事態になりましたなら、忠之から連絡があると思いますので、千鶴が望むような取り計らいをお願いします。親孝行はしないままに心配のみおかけしますが、このことを心に留めておいていただきたく、お知らせしておきます。〉