大晦の夜、千鶴は暖房のない書斎に入った。厚着をしていても寒かった。
千鶴は写真の良太に眼をとめてから、裏に記されている文字をながめた。いつもは黙読するだけであったが、大晦日のその夜、千鶴は声に出して読みたいと思った。
千鶴は声をおさえて読んだ。「千鶴は良太の一番大切な宝物」
音読していると涙が出た。涙で文字がにじんでも、千鶴は暗記している言葉を続けて読んだ。「千鶴と出会えたことに感謝している。千鶴と出雲で星を見る日を………」
千鶴は写真の良太を見ながら思った。今ごろ良太さんは何をしておいでだろうか。大晦日のこんな時刻だから、この一年をふり返りながら日記をつけておいでかも知れない。
千鶴はノートをひらいてペンをにぎった。
〈昭和18年も今日で終わるが、大東亜戦争はまだ続いており、いつ終わるのか見当さえつかないありさま。正月には良太さんが特高に呼び出され、12月には良太さんが海軍に入団された。そんな年であっても私と良太さんは婚約することになったのだから、私たちには忘れ得ぬ記念すべき年になった。〉
そこまで書くと、良太と過ごした一年の全てを思い出したような気がした。
〈良太さんと過ごしたこの一年をふり返るつもりだったが、改めてここに記す必要はないことに気づいた。良太さんとのことは日記に書いてきただけでなく、少しも忘れずに覚えている。けれども良太さんとの約束だけはここに書いておきたい。そうすれば約束したことが早く実現するような気がする。
私と良太さんは一緒に人生を送ることを約束し合った。良太さんの故郷を見るために、出雲に連れて行ってもらい、一緒に出雲の星空を眺めようと約束している。約束を守るためにも必ず無事に還ると良太さんは約束してくださった。〉
戦争が終わらなければ、良太さんとの約束が実現することはないのだ。11月に結婚した友達が、たとえ敗けてもいいから早く戦争をやめてほしいと言った。それを聞いて本当に驚いたが、勝てない戦争ならば一刻も早くやめるべきだろう。良太さんや岡さんによれば、戦争が長引くほど日本は不利になるとのこと。友達の言うようにすぐにも戦争をやめるべきだと思う。こんな考え方をする私は非国民だろうか。
千鶴はペンをにぎりなおしてノートに向かった。
〈神様、どうか早く戦争を終わらせてください。私や良太さんだけでなく、日本中の誰もがそう思っているはずですから、神様どうかお願いします。〉
千鶴は日記をおえることにしてペンをおき、良太の写真をノートにはさんだ。
大晦日の夜、良太も兵舎で日記をつけた。
〈大東亜戦争の渦中に迎えて渦中に過ぎた昭和18年。その間に戦局は様変わりして、わが国は守勢に立たされるに至り、我々学徒が出陣する事態となった。……
航空戦力の強化が最緊要事となっているとき、自分には飛行機操縦員への道が開かれようとしている。今はただ与えられた道を全力を尽くして進むしかなく、その先にいかなる結果が待ち受けているのか、それを考えようにも手がかりがない。
今年は思いがけない出来事に始まって思いがけない出来事で終わったが、その間を千鶴と共にあった時間が満たしている。来年は果たして如何なる年になるのだろうか。〉
日記をつけおえた良太はノートの表紙裏を開いて、挟んである写真に眼をとめた。
良太は心の中で千鶴に告げた。「千鶴と共に過ごせたことに感謝している。千鶴よ、ありがとう。早急なる戦争終結を願いつつ新年を迎えようではないか」
千鶴は写真の良太に眼をとめてから、裏に記されている文字をながめた。いつもは黙読するだけであったが、大晦日のその夜、千鶴は声に出して読みたいと思った。
千鶴は声をおさえて読んだ。「千鶴は良太の一番大切な宝物」
音読していると涙が出た。涙で文字がにじんでも、千鶴は暗記している言葉を続けて読んだ。「千鶴と出会えたことに感謝している。千鶴と出雲で星を見る日を………」
千鶴は写真の良太を見ながら思った。今ごろ良太さんは何をしておいでだろうか。大晦日のこんな時刻だから、この一年をふり返りながら日記をつけておいでかも知れない。
千鶴はノートをひらいてペンをにぎった。
〈昭和18年も今日で終わるが、大東亜戦争はまだ続いており、いつ終わるのか見当さえつかないありさま。正月には良太さんが特高に呼び出され、12月には良太さんが海軍に入団された。そんな年であっても私と良太さんは婚約することになったのだから、私たちには忘れ得ぬ記念すべき年になった。〉
そこまで書くと、良太と過ごした一年の全てを思い出したような気がした。
〈良太さんと過ごしたこの一年をふり返るつもりだったが、改めてここに記す必要はないことに気づいた。良太さんとのことは日記に書いてきただけでなく、少しも忘れずに覚えている。けれども良太さんとの約束だけはここに書いておきたい。そうすれば約束したことが早く実現するような気がする。
私と良太さんは一緒に人生を送ることを約束し合った。良太さんの故郷を見るために、出雲に連れて行ってもらい、一緒に出雲の星空を眺めようと約束している。約束を守るためにも必ず無事に還ると良太さんは約束してくださった。〉
戦争が終わらなければ、良太さんとの約束が実現することはないのだ。11月に結婚した友達が、たとえ敗けてもいいから早く戦争をやめてほしいと言った。それを聞いて本当に驚いたが、勝てない戦争ならば一刻も早くやめるべきだろう。良太さんや岡さんによれば、戦争が長引くほど日本は不利になるとのこと。友達の言うようにすぐにも戦争をやめるべきだと思う。こんな考え方をする私は非国民だろうか。
千鶴はペンをにぎりなおしてノートに向かった。
〈神様、どうか早く戦争を終わらせてください。私や良太さんだけでなく、日本中の誰もがそう思っているはずですから、神様どうかお願いします。〉
千鶴は日記をおえることにしてペンをおき、良太の写真をノートにはさんだ。
大晦日の夜、良太も兵舎で日記をつけた。
〈大東亜戦争の渦中に迎えて渦中に過ぎた昭和18年。その間に戦局は様変わりして、わが国は守勢に立たされるに至り、我々学徒が出陣する事態となった。……
航空戦力の強化が最緊要事となっているとき、自分には飛行機操縦員への道が開かれようとしている。今はただ与えられた道を全力を尽くして進むしかなく、その先にいかなる結果が待ち受けているのか、それを考えようにも手がかりがない。
今年は思いがけない出来事に始まって思いがけない出来事で終わったが、その間を千鶴と共にあった時間が満たしている。来年は果たして如何なる年になるのだろうか。〉
日記をつけおえた良太はノートの表紙裏を開いて、挟んである写真に眼をとめた。
良太は心の中で千鶴に告げた。「千鶴と共に過ごせたことに感謝している。千鶴よ、ありがとう。早急なる戦争終結を願いつつ新年を迎えようではないか」