思えば、先輩には中学のときから忘れられていないという、女の人の存在があるのだから。
 勘違いしては駄目だ。

 一度振られていると話していたし、その相手が私のはずはない。


 もし……その女の人のことを忘れて、私のことを想ってくれるようになったら……

 そんな期待をうっかりしてしまうくらい、今日の先輩は特に優しかった。

 先輩の記憶から、その女の人の存在が消えてくれたらいいのに、と願いたいほどに。



「私。先輩と……出会えて良かったです」


 勇気を出してそう言った途端、僅かに目を見開いた先輩がペンを持つ手を止める。


「絵を描く楽しさを知ったし、前よりも自分に自信が持てるようになりました」
「……そんな風に言ってもらえて、嬉しいよ」


 目元を緩めた先輩は、嬉しいというより切なそうに思えた。

 いつだったか、同じ表情を見たことがある。
 確かあれは、先輩と一緒にカフェでチーズケーキを食べたとき。
 知らないうちに先輩を傷つけているとしたら、申し訳ないだけでは済まない。

 何か自分は、大事なことを忘れていないだろうか……。