アザラシのスケッチが終わり、次はホッキョクグマ館へと進もうとしたとき。


「結衣」


 大好きな、甘くて低い声で自分の名前を呼ばれた。
 慣れないその呼び方に胸が鳴る。


「……蓮、先輩」


 まだ、信じられない気分だ。
 憧れの人に下の名前で呼ばれる日が来るなんて。


「じゃあ、私は先に行ってるね、未琴たちと合流しとく」
「……うん。あとから行くね」


 なぜか椎名さんに気を遣われた形となり、先輩と二人きりになってしまった。


「絵、描けてる?」
「はい。アザラシの赤ちゃん、描きました」
「そっか。可愛かったよね。千尋なんて、まださっきの場所で写真撮ってる」
「そうなんですか?」


 思わず笑い声をこぼすと、先輩も目を細めて私を見下ろした。


「……次、行こうか」


 蓮先輩に促され、同じ方向を向いた瞬間。

 ――息が止まった。


 私の手は、そっと先輩の手に繋がれていた。