「――白坂」


 体育館から教室へ戻るとき、ひとけのない廊下の隅で、一人の男子生徒に呼び止められた。

 振り向いた先にいたのは、中学のときから知っている、沢本君。
 すでにジャージから制服に着替え終えていて、緩めにネクタイを垂らしている。

 なぜか彼に会うと、嫌なイメージしか浮かんでこない。
 目つきが悪く、いつも誰かと喧嘩をしている。
 昔からずっと苦手なタイプで、一刻も早く彼の前から立ち去りたい。そう思うのに、背の高い沢本君は私の前に立ち塞がり、通してくれそうになかった。


「お前。まだ、あいつのこと好きなのか?」


ハスキーなその声には、不愉快さが滲み出ている。


「あいつ……?」
「柏木蓮のことだよ。まだ、あきらめてないんだな」


 『まだ』ってどういうことだろう。

 まるで、ずっと昔から私が柏木先輩のことを好きみたいな言い方だ。私が先輩を好きだと自覚したのは、つい最近のことなのに。


「残念だけど、好きになるだけ時間の無駄だ。あの男には、他に好きな女がいる」


 それは…………ずっと忘れられない、という人のこと?