嫌だと断ればきっと、先輩は優しいからそれ以上は求めてこないはず。
 けれど私にはそれを断る理由はなかった。

 一度ためらったあと、冷たい指先が頬へ静かに触れ、先輩の整った顔がそっと近づいた。

 私の額に、一瞬だけ掠めるように唇が触れる。
 指先と同じで、冷えた――柔らかな唇。

 私の瞳から涙が零れ落ちていく。
 一体何の涙だろう。自分でもわからない。


「じゃあ、元気で。……幸せになってね」


 背を向けて去って行く先輩は、一度も振り返ることはなかった。
 その背が見えなくなるまで、ずっと私は先輩のことを見送っていた。







(……なんで私、先輩のこと振ってるの?)


 聞き慣れたアラームの音で夢から覚めた途端、まず始めに思ったのはそれだった。

 先輩は傷ついて切なそうな目をしていたのに。夢の中とはいえ、どうして断ってしまったんだろう。

 あのとき、先輩からの告白にうなずいていれば。先輩は優しく笑ってくれたかな。

 私の大好きな……、彼の本当の笑顔が見たかった。