美術室は校舎の北側にあり、窓からグラウンドを見渡せる位置にあった。
 重いドアを開けて中に入っても何の気配もなく、まだ誰も来ていないようだった。

 いつもの自分の席へ向かおうとしたとき、窓際に立て掛けられたキャンバスに気がついた。
 そこには途中まで描かれた絵があった。
 それを見て、すぐに誰の絵なのか私にはわかった。

 柏木先輩の、空の絵だ。

 水彩で描かれた、淡い水色と薄紫の繊細なグラデーション。

 中学のときに美術部に入ってから、柏木先輩の描く絵がずっと好きだった。それは高校に入った今も変わらない。


「――白坂さん?」

 優しく背後から呼びかける声にハッと我に返る。


「……あ。柏木先輩」

 先輩に声をかけられて、振り向いた私は自然と笑顔になっていた。


「この絵、もうすぐ完成ですか?」
「うん。あと少しかな」


 ベージュのブレザーを脱ぎ、椅子の背もたれに掛けた先輩は、絵の具やパレットの準備を始める。
 白シャツにオリーブグリーンのニットを重ねたその姿もよく似合っていた。