「いつの間にか、前よりもっと結衣のことを好きになっていることに気づいたし。何があっても忘れることができないくらい、気持ちが大きくなっていたんだ」


 私も同じかもしれない。
 初めは、恋に恋するような可愛いもので。
 何度も改めて好きになるうちに、かけがえのない存在になっていった。


「僕が結衣を諦め切れなかったのは、この絵があったからだよ。結衣と一緒に、いつか完成させる約束をしたから」


 筆を置いた彼がゆっくりと近づき、影が降りる。
 そっと触れるだけの控えめなキスに、数秒間、時が止まった。



「もう、自分から忘れるのは禁止だよ」
「……はい。忘れないって誓います」



 これからの私の願いは、過去を隠すことじゃない。
 未来の自分が恥じないように、今を生きること。

 先輩が好きだと言ってくれた、私にしか作れない青。その言葉を信じて。



「また蓮先輩と、この空を見れて嬉しいです」
「僕も。結衣とまた、絵の続きを描くことができて嬉しい」


 二人で微笑み合ったあと、再び目の前の風景を描くことに集中する。


 青空が、夕陽へ変わっていく瞬間を描いた絵。
 ザラザラとした凹凸のある画用紙。

 蓮先輩の作る透明感のある青と、私の紫がかった水色が重なっていく。



 太陽が沈み、夜の気配を感じる頃。
 二人で作った空が、一枚の紙の中に広がっていた。







 -End-