「ごめんね。結衣」


 なぜか謝罪の言葉を口にする蓮先輩は、自分の肩口に押しつける形で私を抱き寄せていた。


「もう、忘れなくていいから」


 忘れなくて、いい……。

 身に覚えがないはずなのに、泣きたい気分になる。

 さっきよりも密着部分が増えて、安心する香りと先輩の熱をより感じた。
 私も片腕を、彼の制服へ遠慮がちに添える。

 一瞬だけ、真鳥と目が合ったあと……。

 蓮先輩の肩越しに、空が見えて。
 その色が、いつか見た淡い青紫と同じ色だったことに気がついた。

 記憶が重なり、奥に隠れていた感情が蘇る。


「…………」


 すべて――、思い出した。



『……約束だよ』

『また、あの空を一緒に見ることができたら。
この絵を完成させよう――』



 中学2年のときに交わした、蓮先輩との大切な約束。
 先輩の誕生日にチーズケーキを作って、一緒に食べて幸せだったこと。
 彼が卒業する間近に告白されて、断ったときの痛みさえも……。

 濁った水たまりみたいだった頭の中が、一瞬で透明感を取り戻した気分だった。