「無視……?」
「中学のときに――先輩たちに殴られてる俺のことを、見て見ぬふりをして逃げていったことがあったよな」


 霞がかった記憶の向こうに、彼が言ったその光景が浮かび上がる。

 複数の生徒に囲まれ、髪の毛を鷲掴みされている彼と、一瞬だけ目が合って――。


「そのことを、あいつにばらされたくなかったら。俺と付き合うって言えよ……」


 懇願すら感じさせる瞳で、彼が私を見下ろす。


「お前、あの日俺がイジメられていたことを知ったから、俺に見向きもしなかったんだろ」


 沢本君の目元には、卑屈な笑いが見え隠れしている。


「そりゃあ、こんな嫌われてる男より、誰からも好かれてる、あの先輩の方がいいよなぁ」


 違う、いじめられていたからってわけじゃない。

 そう言いたかったのに、喉がかすれて声が出なかった。


「よく考えたら、俺たち似ているな――嫌われ者同士」


 一歩前に詰めてきた彼の制服が、私の体に当たる。もう、逃げ場がない。


「お気の毒さま。あの女に目をつけられたばっかりに」
「……あの女、って?」


 沢本君はスッと目をそらし、話をはぐらかすように私の髪を弄び始めた。