「蓮先輩、おはようございます」


 朝、廊下ですれ違ったとき。
 なるべく明るく声をかけたつもりだったのに、


「……おはよう」


 先輩からは礼儀的な挨拶が返ってきただけだった。
 いつもなら優しく微笑みながら声をかけてくれる。
 けれど今日は、一瞬も笑顔を作らず、合いかけた目もすぐにそらされた。
 温度の感じられないその目は、『おはよう』という言葉さえ返ってこないのでは、と危ぶむほど冷え切っていた。


(私……何か、したかな)


 常に穏やかな蓮先輩から冷たくされることは、滅多にない。
 だからよけいに、心に負った傷が深かった。



「蓮、おはよう」


 聞き覚えのある声がして、そっと振り返ると、三井先輩へ向けて優しく微笑む蓮先輩の姿が視界に入った。
 私へ向けた冷たい視線とは全く違う、優しい眼差し。


「ねぇ。今週末、一緒に美術館に行こうよ。蓮の好きそうな絵を見つけたんだ」
「美術館か。いいね」


 まるで付き合いたてのように親しげに話す彼らは、すぐに私の視界から消えていく。

 私が入る隙なんて、欠片もなかった。