それから蓮先輩が窓辺のカウンターにお茶を用意してくれて、私たちは隣り合って座った。
景色を眺めながら、他愛もない話をしたあと。
なぜか言いづらそうに目をそらしたまま、蓮先輩が口を開いた。
「結衣って、……誰かにキスされたことある?」
……え?
咄嗟に声が出なかった。
まさか先輩がそんな話題を振ってくるとは思わず、心臓がどくりと嫌な音を立てる。
「……どうして、ですか?」
紅茶のカップを持つ手が震えた。
それを聞いてきたのが千尋先輩だったら『冗談やめてください』と張り倒していたことだろう。
蓮先輩がこんな質問をしてくる理由。
思い当たることといえば、真鳥と中庭にいたときのことだった。
あのとき、真鳥と何か深刻な話をしていて。
そして、唇が私の額に……。
真鳥にされたことを思い出してしまい、唇の端が歪んだ。
キスをされたことがない、と答えたら、嘘をつくことになる。
たとえ嫌われたとしても、好きな人に嘘はつけない。
先輩の澄んだ瞳に見つめられたら、きっと目をそらしてしまうだろう。
だから、正直に答えることにした。
「ある、かもしれないです。……好きじゃない人となら」
「好きじゃない、人と……」
先輩が低く繰り返す。