「この辺りの色使いが、特に好きです」
先輩の大事な絵だから、触れるつもりはなかったのに。
淡い薄紫が塗られた部分に、うっかり指先が触れた瞬間――。
電流が走ったかのように頭が真っ白になった。
――そして、脳裏に映像が浮かび上がる。
バレンタインの日。三井先輩が蓮先輩に、抱きついているシーンが。
微かに頭痛を覚えた私は、こめかみに指を当てる。
忘れたままでいたかった。
蓮先輩が他の女の人と親しくしている姿なんて。
できることなら、二度と思い出したくはない。
この胸の痛みが示しているのは、片想いの切なさ。
もしかして私は、蓮先輩のことを……?
思い当たった一つの結論。
一度意識してしまうと、蓮先輩の顔を見れなくて。
彼の視線が自分に向けられていると感じると、それだけで頬が熱くなっていく。
「どうしたの? 具合でも悪くなった?」
「いえ……大丈夫、です」
心配そうに顔を覗き込まれ、慌てて首を振る。
「この絵を見ていると、なぜか懐かしくなって。すごく癒されたんです。完成したら、また見せてくださいね」
私がそう声をかけると、先輩は曖昧に笑った。