「ここで、いつも絵を描いているんだ」


 先輩がドアを開けた部屋に、そっと足を踏み入れる。
 そこは寝室というわけではなく、本当にただ絵を描くためだけに用意された部屋だった。
 ベージュの壁に飾られた、数々の風景画。
 まだ何も描かれていない白いキャンバス。
 部屋の隅には筆を洗うための小さな流しもついていた。


「アトリエ、ですか? すごい……」


 先輩の描く絵には青や水色の優しい色が多く使われていて、眺めているだけで癒される。
 ひときわ目立っていたのは、窓際に置かれた大きめの絵だった。

 薄紫の色が使われた、幻想的な夕空。
 その右下には、ぽっかりと空白があり、まだ描いている途中なのだとわかった。

 何だか懐かしさを感じる絵だ。
 私は過去に、この描きかけの絵を見たことがある……?
 いつか、どこかで見た夕陽を思い出した。


 じっとその絵を見つめていると。

 ――やっぱり、好き。

 そんな想いが込み上げてくる。

 どうか、このまま。先輩の絵を好きでいさせてください。



「この絵、すごく綺麗。まだ途中なんですね」
「……うん。まだ完成してない」


 どことなく寂しげな目をして、先輩は答えた。

 全ての色が塗られたら、集まったら。もっと綺麗な世界になるんだろうな。