先輩の優しさを使って騙した、そんな罪悪感に胸が締めつけられながらも。今にも離れそうだった彼の手を、自ら触れて引き止めた。

 彼の驚いた顔を一瞬視界に入れつつ、通路の端に立つ沢本君の強い視線を受け止める。
 その途端、脳裏に何かが滑り込んでくる気配がした。


 それは、過去の記憶だった。
 頭の中に流れてくる、夕焼け色の映像。
 大きなキャンバスの前で私と蓮先輩が話している。


『この絵を描き終えたら、伝えたいことがあるんだ。だから……』


 最後の方が聞こえないまま場面が変わり、次に流れてきたのは男の声だった。


『こんなヤツ、好きになるわけないだろ。こんな――嫌われてる女なんか』


 鋭く、きつい言葉が私の胸を突き刺した。


 そうだ……思い出した。
 私は中学時代に、この言葉を投げつけられたことがある。


 誰だって、周りから嫌われている人間をわざわざ好きになったりしない。
 だから先輩も、私が嫌われていた事実を知ったら。手のひらを返したように冷たくなるはず。
 それを私は、ずっと恐れていたんだ。

 心の奥底で、過去に言われたあの台詞がトラウマとなっていたから――。