緩く波打つ彼女の髪が、微かに風で揺れていて。真剣ながらも楽しげな姿を、画用紙の中に描きとめたいと思った。


「あ。だんだん赤みが引いてきた……」


 消えていく夕陽を惜しむ結衣の横顔は、ひどく寂しげに映った。


「また、見に来よう」

 一緒に。


「……はい」


 めったに見れないほど紅く染まった夕陽だったけど。またいつか見れるはず。

 ふと、スケッチブックに目を落とした結衣が、目を見はりながら声をこぼした。


「そうだ……。私、植物を……花を描くのが好きだったんです。どうして忘れていたんだろう」


 やっと……思い出してくれた?

 そう言いかけた唇を、強く噛む。


 あの約束のことも忘れているとしたら。どうにか思い出してほしい。
 それとも、要らない記憶だから、忘れた振りをしている?

 もどかしい思いを抱えながら、スケッチブックを閉じ、ピアノのコンサート会場へと向かった。



***