「お礼なんて気にしなくて良かったのに」
「いえ……ほんの気持ちですから」
じゃあ遠慮なくいただきます、と言って、そっとパンを口に運ぶ。
バターと塩の風味が効いていて、周りはサクッとしているのに中は柔らかい。
結衣は心配そうにこちらを窺っていて、子犬みたいだった。自然と笑みがこぼれる。
「うん、美味しい。また作ってほしいくらい」
「本当ですか? 良かった」
安心したように笑った結衣は、小さな口で塩パンにかぶりつく。
自分のために作ってくれた健気さを思うと、彼女を抱きしめたくなってきた。
「あ、空の色が……」
パンを食べ終えた頃、西の空に変化があった。
紫がかった灰色の雲の上。ピンクともオレンジとも言えない雲が、いくつも重なり合っている。
まるで一枚の絵画を見ているようだった。
「ずっと見ていたいですね」
「そうだね」
突然、色鉛筆を握りしめた結衣は、何かを描き始めた。
西の空に広がった夕陽を背景にして、草花が揺れている様子が次第に浮かび上がってくる。
彼女は一枚一枚、丁寧に花びらを描いていた。