小学生の頃、俺は始めたことをすぐ投げ出すような飽きっぽい性格をしていた。

 器用か不器用かで言えば器用な方で、一度やれば大抵のことが人よりも上手くできたことも起因していたのだろう。

「おい、敏文(としふみ)。お前また習い事すっぽかしたらしいな」

 ニヤニヤと、兄の裕弥(ゆうや)が面白そうにちょっかいをかけてくる。

 歳が一回り以上離れた兄貴は、兄というよりはもう一人の父親や、距離の近い学校の先生のような存在だった。

 大学で教育学部に通っていたから、そういう意味でも教師っぽい。

 兄貴から何かを指摘されるのは、両親に怒られるよりよほどバツが悪かった。

「だって、一回やればすぐできるし。……つまらないから」

 当時の俺は、母さんにいくつもの習い事を掛け持ちさせられていた。

 兄貴が優秀だったこともあって、もう一人の息子にも何か才能があるはずだと信じて疑わなかったのだ。

 色んな事をやらされて、どれもそこそこで。そんな日々に、多分俺は少し疲れていた。

「母さん、鬼みてーだからな。気持ちも分かるけどよ」

 俺の顔色を見てか、あるいはそれ以上を感じ取ってか。

 兄貴は俺の髪をくしゃくしゃと撫でて言った。

「二回でいい」

「……へ?」

「とりあえず二回やってみろ。ピアノでも、水泳でも。一回弾けて終わり、一度泳げたから終わりじゃなくて、もう一度やるんだ。へたくそでもいい、間違ったっていい。一度やったことは、どんなことでも二回挑戦してみる。そうしたら、お前の世界はもっと広がっていくはずだ。……できるか?」

 兄貴がニッと笑う。それだけで、勇気が湧いてくる。

「うん」

「よし、いい子だ」

 とりあえず二回やる。

 その言いつけを俺は、高校生になった今でも守り続けている。

 そう、それがどんなことであっても。