しばらくして大聖堂の見学を終えると、二人はまた広場に向かって道を歩き出した。大聖堂の中で繋いだ手はそのままだった。
「ところで、貴族の人たちもよくこの辺りに来るんですか?」
「大聖堂や公文書館にも貴族は立ち入りますが、広場はあまり出歩きません。皆、馬車で目的の場所に乗り付けています」
「こんなに賑やかなのに、勿体無いです」
「身分が高い者程、あまり市井と関わりたがらないようです」
マキウスが肩を竦めると、モニカは「でも」と返した。
「国民の為に持てる力を振るって、手本となることも、貴族としての役割ではないんですか?」
御國だった頃、「ノブレス・オブリージュ」という言葉を聞いたことがある。
「貴族などの身分の高い者が、模範となるように振る舞うべきだ」という「貴族の義務」という意味で使われている。
モニカの言葉に、マキウスは目を丸くした。
「確かに、その通りではありますが……。まさか、貴女もそのように考えているとは、意外でした」
「そうですか? 私はこれまで貴族ではなく、一市民だったから、そう思うのかもしれません。貴族じゃなければ、出来ないこともあると思うんです。お手本を示すこともその一つ。貴族が悪意ある行動をしたら、市井に住む人たちも悪意ある行動をしてーーいつしか国が成り立たなくなります」
御國だった頃、世界史の授業でそんな話を聞いたことがある。
貴族が私服を肥やし、裕福な暮らしをする一方、市井に住む市民たちに貧しい生活を強いた。
更には身分を盾に、市民たちに対して不当な扱いをした。
すると、今度は市民の中でも悪意ある行動をする者や、市民の中でも優劣を決める者が出てきた。そうして徐々に国が崩壊していった。
やがて、貴族だけが有益となる生活を送り、特権となる制度を作った結果、市民たちの怒りが爆発して、貴族を撲滅する運動が起こることさえある。
いわゆる、「革命」である。
「国が犯罪で溢れ返り、国が崩壊した例だって、聞いたことがあります。
そんな国を立て直すのは容易ではないです。その間に、他国に攻められることだって……」
崩壊した国を立て直している間に、諸外国に攻められて、属国となってもおかしくない。
そうならない為にも、隙を見せないように、なるべく国は一枚岩でいるべきだろう。
貴族は貴族にしか出来ない務めを果たして、市井に力を示す。
市井は市井にしか出来ない務めを果たして、国を磐石なものにする。
貴族と市井は切っても切り離せない関係なのだと、両者は理解しなければならない。
両者が平等な関係になれとは言わないが、身分を理由に、貴族が市井を蔑ろにしていい理由などない。
「この国はある意味、閉鎖された国らしいので、その可能性は低いと思いますが、万が一ということもあります。閉鎖されているいうことは、裏を返せば、何かが起こった時、逃げ場がないことも指します。逃げ場がなければ、ただ国と一緒に滅びるしかありません。
それを回避する為にも、貴族と国民は常にある程度、繋がりを保って、他国を始めとする他の人たちに隙を見せないようにしなくてはならないと思うんです。だって、武器や食料を生産しているのは市民だから。実際に敵と戦ってくれるのは貴族や騎士団の人たちだったとしても……」
マキウスは立ち止まると、何やら考え込んでいるようだった。
「すみません。ベラベラと余計なことを話してしまって……マキウス様?」
マキウスが考え込んでいる間も、二人の横を幾人も通り過ぎて行った。
その中には、カーネ族以外にも、ほんの僅かながらユマン族もいたのだった。
「モニカ。王都の案内を終えたら、貴女を連れて行きたいところがあります」
「連れて行きたいところですか?」
「本来なら、貴女の様な清らかな女性には似つかわしくない場所です」
「それでも」とマキウスは続けた。
「貴女には知って欲しい。私や姉上たちが行っていることを」
「マキウス様やお姉様がやっていることですか?」
いつになくマキウスの真剣な顔に、モニカは息を呑んだのだった。
「一緒に来てくれますね?」
有無を言わせないアメシストの様な瞳に、モニカは頷くことしか出来なかったのだった。
「ところで、貴族の人たちもよくこの辺りに来るんですか?」
「大聖堂や公文書館にも貴族は立ち入りますが、広場はあまり出歩きません。皆、馬車で目的の場所に乗り付けています」
「こんなに賑やかなのに、勿体無いです」
「身分が高い者程、あまり市井と関わりたがらないようです」
マキウスが肩を竦めると、モニカは「でも」と返した。
「国民の為に持てる力を振るって、手本となることも、貴族としての役割ではないんですか?」
御國だった頃、「ノブレス・オブリージュ」という言葉を聞いたことがある。
「貴族などの身分の高い者が、模範となるように振る舞うべきだ」という「貴族の義務」という意味で使われている。
モニカの言葉に、マキウスは目を丸くした。
「確かに、その通りではありますが……。まさか、貴女もそのように考えているとは、意外でした」
「そうですか? 私はこれまで貴族ではなく、一市民だったから、そう思うのかもしれません。貴族じゃなければ、出来ないこともあると思うんです。お手本を示すこともその一つ。貴族が悪意ある行動をしたら、市井に住む人たちも悪意ある行動をしてーーいつしか国が成り立たなくなります」
御國だった頃、世界史の授業でそんな話を聞いたことがある。
貴族が私服を肥やし、裕福な暮らしをする一方、市井に住む市民たちに貧しい生活を強いた。
更には身分を盾に、市民たちに対して不当な扱いをした。
すると、今度は市民の中でも悪意ある行動をする者や、市民の中でも優劣を決める者が出てきた。そうして徐々に国が崩壊していった。
やがて、貴族だけが有益となる生活を送り、特権となる制度を作った結果、市民たちの怒りが爆発して、貴族を撲滅する運動が起こることさえある。
いわゆる、「革命」である。
「国が犯罪で溢れ返り、国が崩壊した例だって、聞いたことがあります。
そんな国を立て直すのは容易ではないです。その間に、他国に攻められることだって……」
崩壊した国を立て直している間に、諸外国に攻められて、属国となってもおかしくない。
そうならない為にも、隙を見せないように、なるべく国は一枚岩でいるべきだろう。
貴族は貴族にしか出来ない務めを果たして、市井に力を示す。
市井は市井にしか出来ない務めを果たして、国を磐石なものにする。
貴族と市井は切っても切り離せない関係なのだと、両者は理解しなければならない。
両者が平等な関係になれとは言わないが、身分を理由に、貴族が市井を蔑ろにしていい理由などない。
「この国はある意味、閉鎖された国らしいので、その可能性は低いと思いますが、万が一ということもあります。閉鎖されているいうことは、裏を返せば、何かが起こった時、逃げ場がないことも指します。逃げ場がなければ、ただ国と一緒に滅びるしかありません。
それを回避する為にも、貴族と国民は常にある程度、繋がりを保って、他国を始めとする他の人たちに隙を見せないようにしなくてはならないと思うんです。だって、武器や食料を生産しているのは市民だから。実際に敵と戦ってくれるのは貴族や騎士団の人たちだったとしても……」
マキウスは立ち止まると、何やら考え込んでいるようだった。
「すみません。ベラベラと余計なことを話してしまって……マキウス様?」
マキウスが考え込んでいる間も、二人の横を幾人も通り過ぎて行った。
その中には、カーネ族以外にも、ほんの僅かながらユマン族もいたのだった。
「モニカ。王都の案内を終えたら、貴女を連れて行きたいところがあります」
「連れて行きたいところですか?」
「本来なら、貴女の様な清らかな女性には似つかわしくない場所です」
「それでも」とマキウスは続けた。
「貴女には知って欲しい。私や姉上たちが行っていることを」
「マキウス様やお姉様がやっていることですか?」
いつになくマキウスの真剣な顔に、モニカは息を呑んだのだった。
「一緒に来てくれますね?」
有無を言わせないアメシストの様な瞳に、モニカは頷くことしか出来なかったのだった。