暖かな春の訪れを感じる優しい日。
その天気や風景に私は目もくれなかった。
引っ越し業者に頼んだ物以外の荷物を私は持って駅に向かう。
その途中で私は一度立ち止まって携帯を取り出す。
「もういいよね」
 誰も通らない道に一人でつぶやく。
最後に私は区切りをつけたかった。
メールを送信すると私はもう一度荷物を持って歩き始めた。

 もう少しで駅だと思うと心の中は複雑だった。
少しずつあふれてくる涙をふくと少し景色が見える。
でもその景色を見て私は息を止めた。
そこには結月の姿がある。幻のようだった。
でも、それが幻ではないことを教えるように結月が私に向かって歩いてくる。
「なんで……」
 目を丸くして言う私に結月は動揺しない。
「もちろん送りに来た」
「だって教えてない」
 また素直になれない自分がいる。
でも喜んではいけない。私は気持ちを心にしまう。
「友美姉に聞いたから。それより、これ」
 目を合わせられないことをわかりきったように携帯をうつむく私の目にうつるように見せる。

――やっぱり私はあなたを幸せにできるような人間じゃない。これからたくさんある出会いを大切にしてください。ごめんね――

 私が送ったメールが結月の携帯に映し出されている。
「俺、これからの出会いなんかいくらでもあるの承知でさとみんがいいって言ったの」
「でも、それは私が近くにいるから……」
 私のメールの文章に間髪なく結月は突っ込んでくる。
弱々しい私の声を聴いたうえで話している結月にやはり居心地の良さを感じてしまうのが嫌だった。
「それに……」
 顔の見えない結月の言葉が止まって私は思わず見上げてしまう。
「俺、さとみんに幸せにしてもらおうなんて思ってない。さとみんがいるだけで幸せを感じられるの。だからさとみんはそのままでいい。俺が幸せにする」
 目を開けていられなかった。
目を開けたらまた涙があふれてくるとわかっていたから。
決めていたのに。結月が可能性を広げることを願おうとしていたのに。
結月の顔を見ると決意がどんどん揺らいでいく。
ダメだとわかっていても閉まった心が出てくる。
「ずるいよ……」
 一言、声を出すと涙が次々にあふれてくる。
「そんなこと言われたら別れられないじゃん」
「当たり前でしょ。俺は待つって決めたし、さとみんにも言った」
 決意の深さは言われなくてもわかるくらいはっきりしていた。
そのまっすぐな心がやっぱり私にはまぶしい。
でももうその光がなくなるのは嫌だった。
「仮に結月と恋をできるようになったとしても会えない時間が多いかもしれない。もしかしたら全く会えないかもしれない。それでもいいの?」
「会えないなら連絡をいつでもする。会えない分さとみんを想う。この気持ちはきっと揺るがない。俺、ずっと前から。出会ったころからさとみんには何か感じてた。男が言うようなことじゃないけど」
 照れ笑いする結月を見ると離れるのを忘れるくらいだった。
なんだかまたすぐに会える気すらしていた。
「本当にそれでいいの?」
 私の言葉に結月は真剣。でもどこか優しい笑顔を見せて私を見る。
「もちろん。俺はいつでも待ってる」
 笑ってくれる結月を見て私はどこか気持ちが軽くなっていた。

 駅の改札を通る。後ろに振り返ると結月が手を振っている。
その笑顔が私の心を教える。
私には結月が必要なんだ。
やっぱり私は結月が好きだ。
心が落ち着いているのは結月が安心させてくれたんだ。
待っているよ。
あなたと恋することができるまで。