「“力尽くでも止める”。あの宣言は本当だよ。あたしはもう容赦しない」
「何を……」
「キミが言うことを聞かないなら……無理矢理にでも聞かせてみせるから」
立ち上がった僕に、ルリはすさまじい速度で再び拳を振るう。今度は何とか腕で防いだが、その直後、追撃の回し蹴りが脇腹に刺さった。よろめいたところを、続けざまに肩へ。足、腰、再び鳩尾。その度に、金槌で木を叩いたような音がして全身を衝撃が貫き、そもそもにおいて戦い慣れしていない僕は否応なくその場に膝を付かされた。
「ぐっ!?」
その上にルリがのしかかってくる。抜け出そうと僕は藻掻いた。だがあっという間に両腕を背中で固められ、抵抗らしい抵抗が何一つ出来なくなる。
力の差が大きすぎた。これまでそんなイメージは無かったが、彼女は立派な怪異なのだ。僕が勝てるような相手じゃない。
ルリが力を込めれば、肩の骨がギシギシと軋む。
嫌な音だった。
「う……ぁああ!」
「……ねぇ、頼むから大人しく従ってよ。分かるでしょ、キミこのままじゃ死ぬんだよ!? 身体が段々と弱ってきて、いつか突然目を覚ませなくなるの!」
「がぐっ! ……い、やだ……」
「嫌じゃない! 願望じゃなくて現実を見て。たった一つの恋で人生を棒に振ってどうすんの!」
「うる、さい……!」
邪魔するな。
必死に絞り出した声がルリの耳に届いたのか。腕にかけられていた力が一瞬緩み……そして、身体が宙に浮く。世界がグルリと反転した。
「……なんでよ。どうして」
投げ飛ばされた僕はそのまま地面へと叩きつけられた。背中と手足と頭の痛みに、歯を食い縛って必死に抗う。
諦めるもんか。一緒にいるってあの娘と約束したんだ。だから、こんな、ところで……!
「どうして起き上がってくんのよ! いい加減にして!」
ルリの声が遠い。すぐ近くの筈なのに。水の膜の彼方から呼び掛けているようだった。
立ち上がろうと腕に力を込め、肩の激痛に邪魔される。突っ伏した僕に、氷のような視線が遠慮無く浴びせられていた。呻きつつ目を開ければ、裸体の女はすぐ目の前にいる。
身体が反射的に丸まった。
――僕は負ける。
刹那、小柄な影が僕とルリの間に割って入った。
唖然となってそれを見つめる。決して見間違えない細身の背中。甘い香り。風になびく髪。弱くて可憐で儚くて、本来なら僕が護るべき筈の存在は、今やその身を盾にして僕を護っていた。
「……そこをどいて」
刃のような響きに、彼女は震えながら。それでも首を横に振る。
「……嫌です」
「どきなさい」
「嫌です」
「どけって言ってんのよ!」
「嫌です! どきません!」
どれだけ凄まれても、どれだけ圧をかけられても、彼女は一歩とて退こうとしなかった。
「……なんで? 悪いけど、これは貴女と関係の無いこと。彼とあたしだけの問題なのよ。だからさっさと――」
「そんなの知りません」
「はぁ?」
「たしかに、二人が何を話しているのか私にはよく分からない。だけど私は優くんの恋人です! 関係なんて知らない。そっちの事情とかどうでもいい! これ以上、私の好きな人を傷付けさせはしません!」
僕を庇うように両手を広げて、毅然とルリを睨み付けた。彼女だって恐ろしいのだろう、口は固く引き結ばれていて、横顔には緊張の色が見える。真っ白な頬を汗らしき雫が垂れていった。
心臓が締め付けられる。凜としたその姿に、僕は二度目の恋をした。
気力を振り絞り、彼女の服を掴む。こちらへ引き寄せると同時に、入れ替わりで僕は前に出た。彼女の勇気を蔑ろにするようだが、今のルリは気が立っている。この娘にだって手を上げるかもしれない。それだけは防がないと……!
すると直後、全身が柔らかみに包まれる。
突然の心地よさに僕がビクリとなれば、彼女は何も言わぬまま、僕の傷を癒やすように抱き締める腕へ力を込めた。
湧き上がってくる活力に背中を押され、僕はルリを睨み付ける。返事は憎々しげな歯軋りだった。
お互いに妥協するつもりはない。そう悟った僕は、両足を踏ん張って再び立ち上がろうとする。
その時、鳥居の方から足音がした。
「……おーい、誰かいるのかー?」
困惑気味の問いに、僕たち三人は揃ってそっちを向く。そして。
「え?」
「あ?」
「へ?」
これまた揃って間抜けな声を上げた。
「お、おう!? 優、だよな。なんだその身体。それに……え、は、裸? は?」
狼狽を深める闖入者。順繰りに僕らを見回し、そして頭を抱えた。
「……何してんだ?」
こっちが訊きたい。僕は口元を引き攣らせながらそう返す。
そこには僕のかけがえのない親友、槙野彼方が立っていた。
「何を……」
「キミが言うことを聞かないなら……無理矢理にでも聞かせてみせるから」
立ち上がった僕に、ルリはすさまじい速度で再び拳を振るう。今度は何とか腕で防いだが、その直後、追撃の回し蹴りが脇腹に刺さった。よろめいたところを、続けざまに肩へ。足、腰、再び鳩尾。その度に、金槌で木を叩いたような音がして全身を衝撃が貫き、そもそもにおいて戦い慣れしていない僕は否応なくその場に膝を付かされた。
「ぐっ!?」
その上にルリがのしかかってくる。抜け出そうと僕は藻掻いた。だがあっという間に両腕を背中で固められ、抵抗らしい抵抗が何一つ出来なくなる。
力の差が大きすぎた。これまでそんなイメージは無かったが、彼女は立派な怪異なのだ。僕が勝てるような相手じゃない。
ルリが力を込めれば、肩の骨がギシギシと軋む。
嫌な音だった。
「う……ぁああ!」
「……ねぇ、頼むから大人しく従ってよ。分かるでしょ、キミこのままじゃ死ぬんだよ!? 身体が段々と弱ってきて、いつか突然目を覚ませなくなるの!」
「がぐっ! ……い、やだ……」
「嫌じゃない! 願望じゃなくて現実を見て。たった一つの恋で人生を棒に振ってどうすんの!」
「うる、さい……!」
邪魔するな。
必死に絞り出した声がルリの耳に届いたのか。腕にかけられていた力が一瞬緩み……そして、身体が宙に浮く。世界がグルリと反転した。
「……なんでよ。どうして」
投げ飛ばされた僕はそのまま地面へと叩きつけられた。背中と手足と頭の痛みに、歯を食い縛って必死に抗う。
諦めるもんか。一緒にいるってあの娘と約束したんだ。だから、こんな、ところで……!
「どうして起き上がってくんのよ! いい加減にして!」
ルリの声が遠い。すぐ近くの筈なのに。水の膜の彼方から呼び掛けているようだった。
立ち上がろうと腕に力を込め、肩の激痛に邪魔される。突っ伏した僕に、氷のような視線が遠慮無く浴びせられていた。呻きつつ目を開ければ、裸体の女はすぐ目の前にいる。
身体が反射的に丸まった。
――僕は負ける。
刹那、小柄な影が僕とルリの間に割って入った。
唖然となってそれを見つめる。決して見間違えない細身の背中。甘い香り。風になびく髪。弱くて可憐で儚くて、本来なら僕が護るべき筈の存在は、今やその身を盾にして僕を護っていた。
「……そこをどいて」
刃のような響きに、彼女は震えながら。それでも首を横に振る。
「……嫌です」
「どきなさい」
「嫌です」
「どけって言ってんのよ!」
「嫌です! どきません!」
どれだけ凄まれても、どれだけ圧をかけられても、彼女は一歩とて退こうとしなかった。
「……なんで? 悪いけど、これは貴女と関係の無いこと。彼とあたしだけの問題なのよ。だからさっさと――」
「そんなの知りません」
「はぁ?」
「たしかに、二人が何を話しているのか私にはよく分からない。だけど私は優くんの恋人です! 関係なんて知らない。そっちの事情とかどうでもいい! これ以上、私の好きな人を傷付けさせはしません!」
僕を庇うように両手を広げて、毅然とルリを睨み付けた。彼女だって恐ろしいのだろう、口は固く引き結ばれていて、横顔には緊張の色が見える。真っ白な頬を汗らしき雫が垂れていった。
心臓が締め付けられる。凜としたその姿に、僕は二度目の恋をした。
気力を振り絞り、彼女の服を掴む。こちらへ引き寄せると同時に、入れ替わりで僕は前に出た。彼女の勇気を蔑ろにするようだが、今のルリは気が立っている。この娘にだって手を上げるかもしれない。それだけは防がないと……!
すると直後、全身が柔らかみに包まれる。
突然の心地よさに僕がビクリとなれば、彼女は何も言わぬまま、僕の傷を癒やすように抱き締める腕へ力を込めた。
湧き上がってくる活力に背中を押され、僕はルリを睨み付ける。返事は憎々しげな歯軋りだった。
お互いに妥協するつもりはない。そう悟った僕は、両足を踏ん張って再び立ち上がろうとする。
その時、鳥居の方から足音がした。
「……おーい、誰かいるのかー?」
困惑気味の問いに、僕たち三人は揃ってそっちを向く。そして。
「え?」
「あ?」
「へ?」
これまた揃って間抜けな声を上げた。
「お、おう!? 優、だよな。なんだその身体。それに……え、は、裸? は?」
狼狽を深める闖入者。順繰りに僕らを見回し、そして頭を抱えた。
「……何してんだ?」
こっちが訊きたい。僕は口元を引き攣らせながらそう返す。
そこには僕のかけがえのない親友、槙野彼方が立っていた。