そういえば、と彼方が唐突に切り出した。
「お前最近、雰囲気変わったよな」
「そう? 僕は自覚無いけど」
「いいや絶対に変わった。良い意味と悪い意味の両方で」
 場所は僕の自宅。時刻は夕方の六時過ぎ。そして僕たちの手には、アルコール。ちなみにチューハイだ。既に一缶を飲み干し、謎のハイテンションで二本目に突入した頃のことだった。
 自家製のポテトサラダに僕は箸を伸ばす。お酒の飲み方には色々あると思うが、僕はこうして親しい相手と盃を酌み交わす方が好みだ。大勢で騒ぐのは、どうにも疲れてしまっていけない。
「なんと言うかな……。やつれてる感じもするが、やけに幸せそうだ」
「こうして君と話すのは楽しいよ?」
「ありがとう。だがそうじゃない。もっと、こう、内側から漏れ出る幸福オーラがだな」
 彼方が両手でロクロを回す。どうやら適切な表現が見つからないようだ。スランプに陥った作家がごとく、顔をしかめて唸り声まで上げ始める。
 僕はそれを尻目に、何食わぬ顔で酢の物へと箸を伸ばした。
 自覚は無い。これは彼方に言った通りだ。だが心当たりは……まあ、無いとは言えないような。あると言えばあるような……。
「……さては女か」
「んぐっ!」
 酢の物が喉に詰まった。
「その反応は図星だな!?」
「ち、ちがっ……!」
「そうかそうか、遂にお前にもモテ期が到来したか!」
「まだ来てないっ! 悲しいけどまだ来てないから! 彼女なんていないからぁ!」
 しどろもどろにそう主張すれば、彼方は満面の笑みを浮かべて僕の肩を叩いてくる。勢いに加減が無い。痛い。キッと睨めば、彼の顔は赤くなっていた。おのれ、さては酔ったなこの筋肉バカ。
「こら、離れろ酔っ払い」
「嘘を吐くんじゃなぁい。この彼方様には何もかもお見通しなんだぞ」
「だから違うってば……」
 アルコールによっていつもより面倒くさくなった友人を、僕は力尽くで押しのけた。「何しやがる」などと一人前に文句を垂らしてきたが、無視。台所から水を汲んできて、無理矢理その手に握らせた。
「オーケー、落ち着こう。まずはそのショートした頭を冷やしてさ、ちょっと冷静に考えてみな? もし恋人が出来たら、多分、僕は嬉々として彼方に報告してる」
「そうか? ……そうだな!」
「そうそう。だけどそんな朗報はどこにも無いだろ。僕が独り身っていう何よりの証拠だよ」
「なるほどな。確かにそうだ、考えてみればその通りだな!」
「……何かムカつくなぁ」
 わざとらしく舌打ちをしてみたが、彼方には聞こえているやらいないやら。
 そういやこの前の取材だけど。適当に話題を立ち上げて僕はこの不毛な恋バナを終わらせようとする。
 だがその時、不意に彼方が手を上げた。
「待て」
 真剣な口調に、思わず身体が固くなる。
「気になってる人ぐらいは、もしかするといるんじゃないのか?」
 ギクリとなった。
「顔がイエスと言ってるぞ」
 意識して考えないようにしていた、あの娘の姿が脳内に蘇る。
 自分でも予想以上の動揺に、僕は胸を押さえた。
 どうなのだろう。
 自問自答をすればするほど、不思議と心は高ぶっていく。出逢って二日目の夜、意図せず嗅いでしまった彼女の甘い匂いを、ふと思い出す。
 そうなのだろうか。
 僕は彼女が好きなんだろうか。
 死者との恋は有り得ないって。実っても辛いだけだって、自分で自分に言い聞かせた癖に?
「どうなんだ?」
 問いかけを誤魔化すように、僕は再び酢の物を口に運ぶ。
 下の方から引っ張り出したキュウリは、酢がよく染み込んでいて、酸っぱかった。