あれは高校二年生の夏休み明けの事だった。
僕は放課後になると、週に二、三回この展望台を訪れていた。
別にこの場所が特別好きだったからというわけじゃない、ただ単純に暇だったからだ。
特定の友達はいたけど毎日遊ぶわけじゃないし、部活にも所属していないから家まですぐに帰ることになるのだが、帰ってもすることはないから時間を持て余す。
時間潰しの為にこの展望台に通っていた、ここなら人は少ないから誰かに目撃される心配もあまりない。
いても同じく暇そうなご老人方や仕事をサボっているサラリーマンくらいだ。
ただ、ある日を境にこの展望台は僕にとって特別な意味を持つことになった。
僕はいつもと同じように、芝生の上に置かれた木のベンチに座って街の景色をボーと眺めていた。
目を閉じて眠ったり起きたりを繰り返していると、隣に誰かが座った音が聞こえて無意識にそちらに顔を向けた。
そこで互いの目が合い、僕はその人物を見て心臓が跳ね上がる様な感覚を覚えた。
「・・・香山君?」
そう呼ばれ、僕は何と言っていいのか分からず言葉に詰まる。
表情を硬直させたまま小さく肯くことしかできなかった。
「やっぱり香山君だ!奇遇だね!どうしたの、こんなところで?」
彼女は驚いた様子で声を上げ、何かおかしかったのか笑い出す。
それは僕のセリフだよ、と心の中で呟く。
木村ユリナ、二年生でクラスが一緒になり僕の席から斜め前に座っている。今まで話した事は一度もないし、こうして目が合っていることすら初めての事かもしれない。
彼女は可愛くて、明るくて、当然クラスの人気者だ。
それに対して僕は人との接触を極力避けており、二、三人の友達といるとき以外は口を開くことすらなかった。
クラスの中で太陽の様に輝く彼女と、影の中にひっそりと潜んでいるような僕。立ち位置は正反対といってもいいだろう。
そんな彼女が、僕の名前を知っているなんて、何かの間違いじゃないかと思わずにはいられなかった。