「入ろうか」
 僕は車椅子を押し人波に合わせて玄関庇の方へと向かっていく。
 スロープが設けられ、バリアフリーはしっかりと完備されていたので移動に不便を感じる事は無かった。
 エレベーターに乗り、展望台のある最上階のボタンを押す。
 ガラス張りで街の景色が一望できる仕様になっており、彼女と二人でそれを眺めていた。
 段々と街はオレンジ色に染っていき、太陽が沈みかけている事に気付いた。
 一日の終わりは早い、時間が流れている何よりの証拠だった。
 エレベーターが開くと、以前訪れた時と同様木の廻り階段が続いていた。
 どうしようかと辺りを見渡した時、車椅子のマークが貼られたエレベーターが別の場所にあることに気付いた。
 前回僕達は上にある展望台ばかりに気を取られ見落としていたようだった。
 そのエレベーターに乗り上階へ上がると、いとも簡単に展望台に辿り着くことができた。以前の労力は何だったのかと思わずにはいられなかったが、気づかなかった僕達が悪い。
 展望台には他の人はおらず、わざわざ殺風景な街並を眺めたいとここまで足を運ぶ人がいないのだろう。
 床に敷かれた芝生の上を進み、奥にある天井高のサッシの前で止まった。
 エレベーターの中で見た時よりも街全体が広く映し出され、夕日の照らす場所が街の明暗をくっきりと作り出していた。
「ここから見る景色、変わらないね」
 僕の言葉に、彼女は反応しない。
 ただ黙ってガラスが映す情景に目を向けていた。
 数秒の沈黙があり、彼女は僕の裾を小さく握る。肩を小さく震わせ、時々鼻を啜る音が聞こえてきた。
「・・・私達がここで出会ったこと、覚えてる?」
 僕は展望台の天井を見上げ、両目を静かに閉じる。
「あぁ・・・覚えてるよ」