「なにしてるの?」
 後ろから聞こえた声に消えそうになった意識が呼び起こされる。
 振り向くとユリナが不安気にこちらを見つめていた。
「夜風に当たりたくて。涼しいよ」
 そう言うと彼女はサンダルを履き僕の隣にくる。
 同じように手摺に手を置いて空を仰いだ。
「ほんとだ、涼しい」
「だろ?」
 彼女の方を見るも、視線は違う場所に向けられたまま僕の方を見てくれなかった。
 僕達は無言のまま暗闇に放たれる星々を眺める。
 元の世界にいた時も、こうしてベランダに立ってお酒を飲みながら煙草を吸い、空をよく仰いでいた。
 あの時は満点の星を見ても特に感想を抱く事は無かった。
 自分はここまで落ちぶれているのに、変わらずそこで輝く星空を見て自身の醜さを再認識するくらいだっただろう。
 でも今は、純粋に綺麗だと思うことができた。
 誰かと見る景色は二人の心情を映し出し寄り添ってくれるようで、だからこそ今広がる星空は、僕の目に寂し気にも映ってしまった。
 どれくらい沈黙を守っていただろう。
 彼女に名前を呼ばれるまで、僕の意識は空に奪われたままだった。